第211話 中等部の卒業パーティー ①

 結局、中等部最後の卒業式の日は2人の女友達と参加することになった。



「ねぇねぇ、エディット見てよ。あの人達」


 オレンジジュースを手にしていた友人のエイミーが私に声を掛けてきた。


「え?何?」


 友達の視線の先を追った私はドキリとした。そこにはドレスアップした女子生徒達に囲まれたアドルフ様とブラッドリー様の姿があった。


「あら、イヤね〜。あんなに女子生徒たちを侍らして……」


別の友人、カレンが眉をしかめる。


「多分、あの人達はCクラスの人たちじゃないの?だってあまり見たことないひとたちばかりだもの」


 エイミーは軽蔑の目を向けながらオレンジジュースを口にした。

 彼女たちはアドルフ様のことも、私が彼と婚約中であることも当然知らない。

 

「あら、でも……あの栗毛色の背の高い人は、ちょっと格好いいと思わない。ねぇ、エディットもそう思うでしょう?」


 「え?わ、私?」


 突然アドルフ様のことで話を振られて狼狽えてしまった。


「あら、やめなさいよ。エディットは恋愛話に興味が無いんだから。そうよね?」


 カレンが私を見る。


「そう言えばそうよね〜。エディットは美人で頭もいいから今迄色々な男子生徒から好意を寄せられたのに、誰も相手にしなかったものね。ひょっとして男の子が苦手なの?」


 エイミーが尋ねてきた。


「別に男の子が苦手というわけじゃ……」


 私は別に男の子が苦手というわけでは無かった。ただ、他の人達は知らないけれども、私はアドルフ様と婚約している。それにアドルフ様以外他の男の子とお付合いするなんて想像も出来なかった。

 私の好きな人は前世から変わらず、たった1人……氷室先輩、いえ。アドルフ様ただ1人なのだから。


「あ、見てよ!あの男の子がこっちを見てるわよ!」


 エイミーに言われて顔を上げると、驚いたことにアドルフ様がこちらをじっと見つめていた。


 アドルフ様……?


 アドルフ様は私と目が合うと、フイと視線をそらせてしまった。そして何か周囲にいたブラッドリー様や他の女子生徒達に声を掛けると、連れ立ってその場を去って行く。


「一体今のは何だったのかしらね?」

「さぁ?分からないわ」


 2人の友人たちは肩をすくめて話をしている。


 アドルフ様は何故、私を見ていたのだろう?

 私のドレス姿……アドルフ様にはどう写って見えたのだろう?


 私達……ずっとすれ違ったまま……大人になってしまうのだろうか……?


 折角の卒業記念パーティーなのに、少しも楽しい気分になれなかった。



 やがてダンスの時間が始まり、エイミーとカレンはダンスに誘ってきた男の子たちとホールに踊りに行ってしまった。


 私も何人もの男の子たちにダンスに誘われたけれども、首を振って断った。


 アドルフ様に誘われないのは分かっていたけれども、それでも私は他の男の子たちとは踊る気になれなかった。


 ただ救いがあったのは、アドルフ様も誰ともダンスを踊っていないことだった。あんなに大勢の女子生徒たちに囲まれていたのに、何故誰ともダンスを踊っていないか不思議だった。


 そんなアドルフ様は今、他の男子学生たちと一緒に立食テーブルで食事をしている。その姿は楽しそうだった。


 アドルフ様が……笑っている。 

 私には決して見せてくれない笑顔を他の人たちに向けている。


 アドルフ様……。

 皆楽しそうにパーティーに参加しているのに、私の心は泣いている。


 側に居たいのに……お話をしたいのに、それをアドルフ様は許してくれない。


 ため息を付いて、私も立食テーブルに向かうと飲み物に手を伸ばした。

 テーブルには美味しそうな食事が沢山並んでいたけれども、私は胸が苦しくて少しも食欲が沸かなかった。


 1人でアップルティーを飲んでいると、不意に背後から声を掛けられた。


「エディット」


「え?」


 振り向くと、そこに立っていたのはクラスメイトのトーマス様だった。以前から何かと声を掛けてくるので、私は彼が少し苦手だった。


「何でしょうか?トーマス様」

 

 警戒しながら返事をした。


「1人なんだろう?俺と踊らないか?」


「ごめんなさい、私は誰とも踊るつもりが無くて……」


「ダンスが苦手なのか?なら俺が教えてやるよ」


「いえ、今飲み物を飲んでるので……」


「そんなの後でいいじゃないか」


 トーマス様は私からジュースを奪うと、テーブルに置いてしまった。


「あ、あの……」


「ほら、行こうぜ」


 強引に私の手を掴んでくると、トーマス様は無理やりホールへ連れて行こうとする。


「お、お願いです。離して下さい……」


 手を振りほどこうとしても、男の子の力に適うはずも無かった。

 まるで引きずられるようにホールへ連れて行かれそうになった時……。


「やめろよ。嫌がってるじゃないか、離してやれ」


 聞き覚えのある声が背後で聞こえた。


 「え?」


 振り向くと、そこには険しい顔のアドルフ様が立っていた――。

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