第210話 婚約解消の申し出

 アドルフ様が豹変して3年の歳月が流れ、私達は15歳になっていた。



「ただいま戻りました……」


 元気無く屋敷に戻った私を父と母が出迎えてくれた。

 

「お帰り、エディット」

「お帰りなさい」


 今日は週末でアドルフ様の屋敷に行ったものの、いつものように1時間で私は追い払われてしまっていた。


「今日も……アドルフ様に追い返されてしまったのかしら?」


 母が尋ねてきた。


「はい……」


 力なく頷く私。


「そうか……まぁいい。エディット、話があるんだ。とりあえずリビングへ行こう」


 父が私の肩を抱いてきた。


「はい、お父様……」


 そしてその後、すぐに私は衝撃的な話を聞かされることになる――。




「えっ?!こ、婚約解消……?!」


「ああ、そうだ。ヴァレンシュタイン家から申し出があったのだよ。アドルフくんをエディットの婚約者にしておくのは、申し訳ないのでロワイエ家の方から婚約解消を申し出てくれないかと。ヴァレンシュタイン家から婚約解消を申し出れば、今後お前の縁談に差し支えてしまうだろうからと言うのが先方の考えなのだ」


「そ、そんな……!」


 自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「エディット、貴女だってもう限界なのじゃないの?アドルフ様は乱暴で口も悪いし……あれ程頭も良かったのに、今では下から数えたほうが早いじゃないの」


「ああ、そうだ。第一、お前という婚約者がありながら……色々な女子生徒と噂があると聞いているぞ?」


 父も母も心配そうに尋ねてくる。


「そ、それは……」


 確かに両親の言う通りだった。

私は校内では完全にアドルフ様に無視されていた。なので、恐らく同級生の人達は私とアドルフ様が婚約している話すら知らないはずだ。

 その為かどうかは不明だけれども、アドルフ様の周囲には女子生徒達が集まっていた。

 アドルフ様は……私にだけは辛くあたり、他の女子生徒達からの受けは良くて人気があった。


「もうこちらから婚約解消を申し出て……お前を自由にしてやりたいと思っているのだよ。大体婚約者に乱暴な振る舞いをしたり、他の女子を侍らすなどあってはならないことだからな」


「い……嫌です……」

 

 私は首を振った。

 アドルフ様と婚約解消……?そんなこと、考えられない。


「え?何だって?今……嫌だと言ったのか?」


 父が信じられないと言わんばかりの目で私を見る。


「はい、嫌です。私は……アドルフ様じゃなければ……嫌です」


「だけどエディット。来月には中等部の卒業記念パーティーが行われるけれど、貴女はアドルフ様に誘われていないのでしょう?」


「は、はい……そうです……」


 私は今日、勇気を振り絞ってアドルフ様に卒業記念パーティーのパートナーになってもらえないか頼みに行った。

 けれど、アドルフ様からは冷たい言葉で断られ……挙げ句に私に「ブラッドリーと参加すればいいだろう?」と告げられてしまったのだった。


 でも、両親にはとてもではないけれど言えなかった。


「だったら、どうするのだ?卒業記念パーティーはどうやって参加するつもりなのだ?」


父が尋ねてきた。


「大丈夫です……女友達と一緒に参加しますから……」


 卒業記念パーティーは別に男女のペアで参加する必要は無かった。ただ、相手がいる人達がペアになれば良いだけの話なのだから。


「だけど……それでは……」


 尚も心配そうに父が声を掛けてくる。


「大丈夫です……私とアドルフ様が婚約者同士と言う話を知っている人は……殆どいませんから」


 もうこれ以上両親と話しているのは辛かった。両親が私を哀れみの目で見るのも、アドルフ様のことを悪く言うのも聞きたくなかった。


「お父様、お母様……私、何だか今日は疲れてしまったので……少し部屋で休ませて下さい」


「あ、ああ。分かった、行っていいぞ」

「それでは夕食のときにね」


「はい……失礼します」


 一礼すると、立ち上がり……私は重い足取りでリビングを後にした。




**



 パタン……



 自室に戻った私はクローゼットに向かい、引き出しを開けた。


その中には私の大切な宝物が3つ、しまわれている。


一つは薔薇の花模様が描かれた宝石箱。もう一つは鍵付きの花模様の日記帳。最後は雫模様の万年筆。色は全て私が好きな水色で統一されている。


そのどれもが、私の誕生日の日に無記名で郵便で届いたプレゼントだった。

 

「きっと、これは……アドルフ様からの誕生プレゼントに違いないわ……」


 私は毎年、アドルフ様に誕生日に家に来て欲しいとお願いしてきた。けれどもいつも冷たい言葉で断られ続け……一度も来てくれたことは無かった。当然プレゼントだって直接貰ったことは無かったけれども、何故か毎年贈り物が届けられた


 私にはこのプレゼントがアドルフ様からのものだと思える確信があった。

 だって、現にアドルフ様は毎週末私が会いにいくときは必ず屋敷に滞在している。そして用事があるから私にさっさと帰れと冷たい言葉で言い放ち、追い返すからだ。


 最後に申し訳無さそうな悲しげな眼差しを浮かべて……。


 本当に用事があるなら、私のことなど待たずに出掛けるはず。だけどアドルフ様はいつも私が来るのを待ってくれている。

 

 だからこそ、どんなに冷たい仕打ちをされても私はアドルフ様を諦めきれ無かった。


 そして今も私は必死でアドルフ様の婚約者の座に縋り付いていたかった――。

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