第209話 それでも私は……
その日を境にアドルフ様は完全に豹変してしまった。
乱暴な言葉遣いになり、使用人の人たちには辛く当たり散らすようになってしまった。その為、すっかりアドルフ様はヴァレンシュタイン家で怖がられる存在になってしまっていた。
アドルフ様のお兄様は乱暴者になってしまった弟を見ていられないと言って寮生活に入ってしまった。
おじ様やおば様は、何とかアドルフ様を元に戻そうと色々なお医者様を探し出して診察をお願いした。
けれどもアドルフ様は医者の診察を嫌い、暴れて追い返してしまう有様だった。
結局先生方の出した結論は、頭を打った為に脳に悪影響が出て性格が豹変してしまったのだろう……ということだった。
そして私は……。
****
「あの……週末なので伺いました。わ、私……クッキーを焼いてきたので一緒に食べませんか……?」
ビクビクしながら、サンルームにいるアドルフ様に声を掛けた。いつものようにそこにはブラッドリー様もいる。
「何だよ?エディット、また来たのかよ。しかも毎回毎回甘いお菓子を持ってきやがって……。俺はなぁ!甘いお菓子は大嫌いなんだよ!」
アドルフ様は怒鳴りつけてきた。
「!」
思わず驚いて肩をビクリとさせると、一瞬アドルフ様の顔に悲しみの表情が浮かぶ。
「まぁまぁ、そんな事言うなって。エディット、作ってきたクッキーを見せてくれよ」
ブラッドリー様が笑顔で私に声を掛けてくる。
「は、はい……」
オズオズと2人のいるテーブルに近付き、紙づつみを広げるとクッキーの香りが辺りに漂う。
「うわ〜すっごく美味そうじゃないか?そう思うだろう?アドルフ?」
「ふん!知るかよ。だったらブラッドリー。お前が全部このクッキーを食べればいいだろう?俺は食わないからな」
腕組みをして、アドルフ様はそっぽを向いてしまう。
「そうかい。なら俺が全部もらうよ。いいだろう?エディット」
「は、はい……どうぞ……」
本当はアドルフ様の為に焼いてきたのだけれど……アドルフ様がブラッドリー様に勧めているのだから。
「うん、美味いな〜。やっぱりエディットはお菓子作りの名人だな」
クッキーを頬張りながら笑顔で話しかけてくるブラッドリー様。
「ありがとうございます……」
けれど、肝心のアドルフ様は何も言ってくれない。私を見ることも無く、本を読んでいる。
「あ〜美味かった。クッキー、ごちそうさん」
「いえ、どういたしまして……」
結局10枚焼いてきたクッキーは全てブラッドリー様が食べてしまった。
するとアドルフ様が顔を上げて私を見た。
「何だよ。エディット、まだここにいたのかよ?もう用事は済んだんだろう?さっさと帰れよ」
「で、ですが……今日は週末で……が、学校もお休みですから……」
声を震わせながらも私は何とか話しかける。
「俺達はこれから町に遊びに行くんだよ」
何処までも冷たい言い方をするアドルフ様。
「だったら私も一緒に……」
すると、ブラッドリー様が会話に入ってきた。
「悪いな〜。実は俺たち、これから女の子を釣りに行くんだよ。な?アドルフ」
ブラッドリー様がアドルフ様の方に腕を回す。
「あ、ああ……そうだ」
アドルフ様は目を伏せながら返事をする。
「え……つ、釣りに……?」
その言葉に私は耳を疑った。
「う、嘘ですよね……アドルフ様……。わ、私達……婚約しているんですよ?」
「うるさい!だから何だって言うんだよ!さっさと出ていけよ!」
私を怒鳴りつけるアドルフ様。辛辣な言葉にみるみるうちに涙がこみ上げてきしまう。
「!」
私の涙に驚いたのか、アドルフ様は目を見開いてみつめてきて……一瞬私の方に手を伸ばしかけた。
え………アドルフ様……?
けれど次の瞬間――。
「エディットが出ていかないなら俺たちが出ていこうぜ!」
「あ?あ、ああ……」
アドルフ様は乱暴に立ち上がり、部屋を出て行く。
そして慌てて後を追うブラッドリー様。
ブラッドリー様は去り際に私に声を掛けてきた。
「エディット、俺は君の味方だからな?」
そして2人は部屋を出て行き……サンルームには1人佇む私だけが残された。
「アドルフ様……」
私の目から一筋の涙が頬を伝う。だけど……私には分かる。
あの態度は絶対にアドルフ様の本心ではないはず。
そうでなければ、あんなに辛そうな表情を私に向けるはずがないのだから。
トボトボとサンルームの出口を目指して歩きながら、心の中でアドルフ様に語りかけた。
アドルフ様……どんなに冷たい態度を取られても、それでも私は変わらず貴方が大好きです。
大丈夫、アドルフ様を信じよう。
絶対アドルフ様は元の優しいアドルフ様に戻ってくれるはずなのだから。
そして……6年間に渡る、私の長く苦しみに満ちた生活が始まった――。
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