第202話 婚約の申し出

 あの事件から時が流れ、私達は初等部の最終学年になっていた。


 アドルフ様との仲は増々親しくなる一方、それにつれてブラッドリー様も私と距離を近づけてこようとすることが少し困っていた。


 ブラッドリー様はアドルフ様が日直等で教室からいなくなったときを見計らって、度々私を誘うようになってきていた。


「エディット、今度の休みの日俺の家に遊びに来ないか?俺、犬飼い始めたんだよ。可愛い子犬なんだけどさ〜。エディットは動物好きだろう?」


「そうですか?ならアドルフ様が行くなら私も行きます」


 するとブラッドリー様が口をとがらせてきた。


「何で、アドルフが行くならって言うんだよ」


「アドルフ様と一緒だと、もっと楽しいからです」


 本当は1人でブラッドリー様のお屋敷には行きたくなかった。


「別にアドルフがいなくてもいいだろう?」


「何故ですか?アドルフ様とブラッドリー様は一番の親友ですよね?」


「まぁ、確かにそうだけど……」


 ブラッドリー様はまだ何か言いたげだ。

 アドルフ様……早く戻ってきて……。


 その時――。


「あれ?どうかした?2人とも」


 日直の仕事が終わったアドルフ様が教室に戻ってきてくれた。


「今、俺の家で飼い始めた犬の話をしていたんだよ」


「え?そうなの?だけど、ブラッドリー。君は犬が嫌いなんじゃなかったっけ?」


「「え?」」

 

 その言葉に私とブラッドリー様が同時に声をあげる。


「ア、アドルフ。お、お前……何言い出すんだよ」


 明らかに動揺しているブラッドリー様。


「え?だって、確か小さい時犬に追いかけられたことがあって、それ以来犬が嫌いになったって……」


 アドルフ様が首を傾げる。


「ば、ばか!あ、あんな昔の話持ち出すなよ!」


ブラッドリー様はそれだけ言うと、自分の席に戻ってしまった。


「う〜ん……僕の勘違いだったのかなぁ?」


 アドルフ様は申し訳無さそうにしていたけれども……。多分、今の話は正しいのではないかと思ってしまった。


 ひょっとするとブラッドリー様はアドルフ様を除け者にしようとしているのではないだろうか………と。


 同時に私は何か嫌な予感を抱くようになっていた。


 そして、その予感は思わぬ形で当たることになってしまう――。



****


 それは初等部の卒業式が半月後に迫った日の出来事だった――。


 

 仕事から帰宅してきた父に私はリビングルームに呼ばれた。すると母の姿も一緒で、2人とも何だか思い詰めた表情をしている。


「お父様、お話って何でしょうか?」

 

 向かい側のソファに座ると、早速私は父に尋ねた。


「ああ、実はな……本日、モーガン家から婚約の申し出があったのだ」


「え?」


 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。すると次に母が声を掛けてきた。


「貴女を婚約者にさせたいと……モーガン家が話を持ちかけてきたのよ」


「そ、それって……ま、まさか……」


 自分の声が驚くほど震えている。


「ああ、そうだ。相手は勿論ブラッドリーだ」


「そ、そんな……う、嘘ですよね……?」


 私が……ブラッドリー様の婚約者に……?そんなことって……。


「本日、いきなり先方から話を持ちかけられてきたのだ。だが、エディットの気持ちが最優先だからな。お前はどう思う?」


「い、いやです……」


 私の目に涙が浮かぶ。

 ブラッドリー様が私の婚約者になるなんて、受け入れられない。だって私が好きな人は……前世も今も同じ、たった1人だけ。アドルフ様以外、誰も考えられない。


 気付けば私は涙を溢れさせていた。


「エディット……泣くほど嫌なのね?」


 母が立ち上がり、私のそばに来ると抱きしめてきた。


「あなた、これでよく分かったでしょう?」


 母が父に語りかける。


「ああ、そうだな。これで決まりだな」


「決まり……?な、何が決まりなのですか?わ、私をブラッドリー様の婚約者にすることがですか……?」


 涙混じりに父を見る。


「まさか!エディットは泣くほど、彼が嫌なのだろう?我々だって、あの少年はお断りだ。だから、モーガン家にこう伝えたのだよ。『生憎、エディットにはアドルフという婚約者がいるのです』とな」


 その話に私は驚いて目を見開いた。


「その後、すぐにヴァレンシュタイン家に電話を入れたのだよ。そうしたら伯爵は仕事の都合で家を開けていたから夫人にエディットとアドルフ君との婚約の話を持ちかけたのだ。最も、これはモーガン家を騙すための仮の婚約の話なのだが……」


 父がまだ何か話しているようだったけれども、もう私の頭には何も入ってこなかった。


 ただ、頭にあるのは私とアドルフ様の婚約という話だけだった。


「お父様……お願いです。どうか……アドルフ様と婚約させて下さい……。わ、私はアドルフ様をお慕いしているのです……!」


 気付けば私は泣きながら頭を下げていた――。

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