婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい

第197話 前世の記憶を封印すると心に決めた日

　「飛行機」という言葉に私は耳を疑った。

　まさか、氷室先輩……いいえ、アドルフ様は前世の記憶があるのだろうか？

「あ、あの……アドルフ様。飛行機というのは……？」

　するとアドルフ様は恥ずかしそうに笑った。

「うん、それが自分でも良く分からないんだ。時々夢で見るんだけどね、夢の中ではこの乗り物を『飛行機』って呼んでるんだよ。ブラッドリーには鳥でもあるまいし、乗り物が空を飛べるはずないって言われちゃったけどね」

「そ、そうなのですか……」

　私の心臓はドキドキ大きく脈打ってる。どうしよう……先輩に尋ねてもいいのだろうか……？変に思われたりしないだろうか？でも、どうしても確かめたい。

　勇気を振り絞って、私は尋ねることにした。

「あ、あのアドルフ様。『日本』って知ってますか？」

「え？ニホン？」

キョトンと目を見開くアドルフ様。

「はい、『日本』です」

「数が2本あることを言ってるの？」

「いえ、違います。あの……国の名前なのですが……」

「へ〜そんな国があるんだね？少しも知らなかったよ。エディットは物知りだね」

「い、いえ。そんなことはありません……」

　その言葉に私は失望してしまった。やっぱりアドルフ様は日本の記憶が殆ど無かったのだ。

　夢の中で、断片的に見ているので自分の前世の記憶とは思っていないのかもしれない。

　それなら、私も何も知らないふりをしなければ。だってアドルフ様に変な女の子と思われたくないから。

　このことをきっかけに、私はアドルフ様の前では一切日本に関する全てのことを知らないふりを通そうと心に決めた――。

＊＊＊＊

　私とアドルフ様、そしてブラッドリー様は小学校に入学し、同じクラスになった。

　精神年齢が大人びてい為に私はあまり友達がいなかった。今はアドルフ様達と一緒にいることで、お友達が沢山出来た。

けれども、お休みの日に過ごす相手はやっぱりいつもアドルフ様とブラッドリー様だった。

　アドルフ様と私はクラスで席も隣同士だった。前世では先輩と後輩の関係だったから机を並べて一緒に授業を受けるなんて、夢のまた夢。

　でも、今は……。

　私は隣に座るアドルフ様を横目でちらりと見た。

「……」

　アドルフ様は真剣な眼差しで黒板の文字をノートに写している。すると、私の視線に気付いたのか、こちらを見た。

「！」

ど、どうしよう！見つめていたのがバレてしまったかも……。

　けれどもアドルフ様は私を見るとニコリと微笑んでくれた。その笑顔があまりにも素敵で私の胸の鼓動が高鳴る。

　慌てて、黒板に視線を戻してノートを取りながら思った。

　なんて幸せなのだろう……と。

　その時、ふと前方から視線を感じて前を向いた。するとブラッドリー様が私をじっと見つめている。その顔は何だか怒っているようにも見える。

　え……？

　首を傾けると、ブラッドリー様はフイと視線をそらせてしまった。

　今のは一体何だったのだろう？少しの疑問を持ちつつも、今のは気の所為だったのだと思うことにした。

　でも、それがいけなかったのかもしれない。

　ある日、事件が起こってしまった。

　アドルフ様が私を庇って、背中に大怪我を負うという事件が――。