第196話 涙の理由
栗毛色の髪の男の子から私は目が離せない。
胸が熱くなり、目頭が熱くなって涙が出そうになるのを必死に堪えていると不意に伯爵に声を掛けられた。
「おいで、エディット。今年から同じ学校に通うお友達だよ」
「は、はい」
震えながら私は前に進み出た。
「初めまして、エディット・ロワイエと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
氷室先輩……いいえ。アドルフ様の目を真っ直ぐ見つめて、私は挨拶した――。
****
アドルフ様は本当に優しい人だった。私に笑顔で話しかけてくれて、色々気を使ってくれる。
やっぱり生まれ変わっても、先輩は少しも変わっていない。
ブラッドリー様の提案で3人で温室に行った時に突然彼が私の目の前にカマキリを突き出してきて、驚いた私は悲鳴を上げてしまった。
「キャアアアアッ!!」
「エディット!」
するとアドルフ様が駆け寄ってきて私の頭を撫でながら尋ねて来た。
「大丈夫?エディット」
心配そうにじっと私を見つめるアドルフ様の目は……先輩と同じ優しい眼差しだった。
大好きだった先輩。もう一度会いたい。優しく笑いかけて貰いたい。
頭を……撫でて貰いたい。
叶わぬ願いに、何度も枕を濡らした日のことが思い出される。
それが、まさかこんな形で叶うことになるなんて。
涙を堪えきれなくなった私の目に、見る見るうちに涙が溜まり……。
「うっうっうっ……」
気付けば私はアドルフ様の胸に顔を押し付けて泣いていた。
「もう大丈夫だよ、エディット。ブラッドリーはカマキリを持っていないから」
アドルフ様が優しい声で私の頭を撫でてくれている。
「ごめん……エディット。カマキリが怖かったなんて知らなかったんだ……」
ブラッドリー様が申し訳なさそうに謝っている声が聞こえて来る。
2人とも、私がカマキリが怖くて泣いていると思っている。
けれど私の涙の理由は大好きだった先輩に再会出来た嬉し泣き。
でも、その事は2人に言わない。ううん、言えるはず無かった。
ブラッドリー様には悪いけれども、今だけはカマキリを言い訳に‥‥…アドルフ様の胸の中で泣かせて下さい――。
****
あの日以来、毎週末父は必ず私をヴァレンシュタイン家に連れて行ってくれた。
氷室先輩は私が架純だと言うことに全く気付いている様子はない。それでも少しも構わない。
だって、今の私はもう健康な身体だから突然のお別れなんてあり得ない。
それに以前のように両親に隠れて会う必要も無いのだから。
遊びに行くと、大抵は先にブラッドリー様が遊びに来ていた。だから私たちは毎週末3人で過ごすようになっていた。
そんなある日のこと、私にある転機が訪れる――。
****
それはアドルフ様に出会って半月程過ぎた頃の出来事だった。
「アドルフ様、こんにちは」
お気に入りの本を持ってサンルームへ行くと、珍しくブラッドリー様の姿が無かった。
「いらっしゃい、エディット。待っていたよ。こっちへおいでよ」
笑顔で私を迎え入れてくれるアドルフ様。思わず顔が赤面してしまう。
「は、はい。失礼します……」
本を胸に抱えてイソイソとアドルフ様の側に行った私は思わず目を見開いてしまった。
アドルフ様はスケッチブックに色鉛筆で絵を描いていたのだけれども……。
「あ、あの……アドルフ様。この絵は……何ですか‥…?」
尋ねる声が震えてしまう。
「うん、これ?これはね『飛行機』って言う乗り物なんだよ」
笑顔で答えるアドルフ様の言葉に私は息を呑んだ――。
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