第169話 クラスメイト達の頼み

 エディットとのランチタイムを終えて、教室に戻ると再び僕はクラスメイト達に取り囲まれた。


「アドルフ!頼みがあるんだ!」

「俺たちを助けてくれ!」

「一生のお願い!」

「貴方にしか頼めないのよ!!」


 「え?ちょ、ちょっと待ってよ!一体僕に何をしてもらいたいのかな?」


 皆を落ち着かせて尋ねてみた。すると……。


『勉強を教えて(くれ)!!』


 全員から同じ言葉が飛び出してきた――。




**


「つまり、補講だけでは1週間後の追試試験に不安だから僕に教えてもらいたいってこと?」


 皆の前で尋ねると、たちまちクラスメイト達は口々に言った。


「そうなんだよ、やっぱり俺たちは今年高校を卒業するだろう?」


「何としても、最高の思い出が欲しいんだよ」


「どうしても追試で点を取って、記念式典パーティーに参加したいのよ」


「だから、どうか私達に勉強を教えて!」


「ヴァレンシュタインだけが頼りなんだよ!」



 等々……誰もが皆真剣な目で僕に勉強を教えてほしいと訴えてくる。


「み、皆……」


 Cクラスのクラスメイト達。

 授業中に居眠りしたり、ぼ〜っとしている人達が過半数を超えていたのに……それが今はこんなに必死になって僕に頼んでくるなんて……。


「うん、分かったよ。僕でよければ勉強を教えてあげるよ」


 学生時代は家庭教師のアルバイトをしていたこともあったし、何より僕の成績が上がったのはエディットと一緒に勉強したからだ。

 

「ありがとう!ヴァレンシュタインッ!」


「恩に着るよ!」


「勉強頑張るからな?」


 勿論、彼らの中にはラモンとエミリオも一緒だったのは言うまでも無い。けれど、その後僕は安請け合いをしたことを……少しだけ後悔することになるのだった――。





****



「ごめん!エディット!」


 放課後、Aクラスの前でエディットに会うや否や頭を下げた。


「え?どうされたのですか?アドルフ様」


エディットはいきなり謝られたことが余程驚いたのか、目を見開いて僕を見ている。


「うん、それが実は……」


そこへ3人のクラスメイト達が通りかかると声を掛けてきた。


「それじゃアドルフ、明日から宜しくな」

「頼りにしてるぜ」

「また明日な」


「え?明日?」


エディットが口の中で小さく呟く声が僕の耳にも届いた。エディットに話す前に聞かれてしまった。……なんてタイミングが悪いんだろう。



「う、うん。また明日ね……」


 苦笑いしながら返事をすると、彼らは「じゃあな」と言って通り過ぎて行った。彼らの姿が完全に見えなくなるとエディットが質問してきた。


「あの、また明日って……一体どういうことなのでしょうか?」

 

「うん。とりあえず……歩きながら話そうか?」


「はい」



 エディットはコクリと頷いた――。

 



****



「え?それでは明日から1週間、追試試験までの間クラスの人達に勉強を教えることになったのですか?」


 馬車の中でエディットが驚きの声をあげる。


「うん、そうなんだ……折角学校がまた休みになったから、エディットと色々な所へ出掛けられるかなって思っていたんだけど……ごめんね」


 きっと、悲しい顔をされるに違いない……。そう思っていたのに、エディットの口からは予想外の言葉が飛び出してきた。


「いえ、どうか気になさらないで下さい。どのみち、私も用事がありましたから」


「え?!そうなの?!」


 用事……用事って一体何だろう……?

 だけど、エディットに束縛する男だと思われたくなくて、聞くに聞けない。


「はい、そうです。なのでアドルフ様はクラスの人達を優先して下さい」


 笑みを浮かべるエディット。


「う、うん。分かったよ。それじゃ……そうさせてもらうね?」


「はい」


 てっきり寂しがってくれるかと思っていたのに……意外なほどにあっさり返事をするエディット。

それが寂しくもあり……不安でもあった。


けれどそれらの気持ちを全て胸に封じ込め、僕は笑顔でエディットと何気ない会話を続けた。


屋敷に到着するその時まで――。

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