第157話 約束の言葉

 あれから少しの時が流れ、ついに本格的な試験期間が始まった。


 試験日程は全部で3日間。

 毎日4科目ずつ試験が行われ、12科目全ての教科を50点以上取れなければ記念式典パーティーに参加することは出来ない。

 それが学院側が提示した条件だった。


 当然Cクラスの生徒たちは不満を漏らしていたが、学院側に直接講義する者は誰もいなかった。仮にそんなことをすれば、試験の成績が基準を満たしてもパーティー参加を認めてもらえないのではと恐れたからだ。 

 

 この『エステル学院』は、圧倒的に生徒たちよりも学院側のほうが権力が強かったのだ――。


 


 何としてもエディットと記念式典パーティーに参加したい僕は、それこそ寝る間も惜しんで必死に勉強をした。

 それだけではない。好成績を取り、エディットと同じAクラスになるのが僕の最終目標だったのだから。


 前世の自分よりも僕は必死に勉強を頑張り……ついに最後の試験が終わった――。




 キーンコーンカーンコーン……



 試験終了のチャイムが教室内に響き渡った。


「よし!全員それではペンを置いて、後ろから解答用紙を回しなさい!」


 試験監督の教師の声が教室内に響き渡リ、生徒全員がその言葉に従った。





「あ〜……もう駄目だ。俺は……燃え尽きてしまった……」


 答案用紙の回収が終わると、机の上に頭を乗せたままラモンが絶望的に呟いているのに気がついた。


「俺なんか、もう灰になってしまったよ……これでパーティー参加は不可能だ……」


 エミリオは頭を抱えている。


「ま、まぁ2人とも……。ほら、特例で言っていたじゃないか?仮に50点以上取れなくても1週間後の追試で点を取れば参加資格を与えるって」


 2人を慰めるために声を掛けるも……ラモンに一括されてしまった。


「馬っ鹿野郎!追試で70点以上取れなければどのみち、参加させてもらえないんだぞ!無理に決まってるだろうが!」


「ああ、そうだ!畜生!よし!こうなったら成績不良者でパーティーに参加できなかった生徒達を集めて俺たちだけでパーティーを開くか!」


 エミリオが妙案だとばかりに叫ぶと、その言葉を聞きつけた生徒たちが一斉に集まってきた。


「それはいい考えだな!」

「よし!それじゃ同じ時間に開催しょうぜ!」

「場所はどこがいい?」

「学院の講堂はどうかしら?」



 クラスメイト達はすっかり、試験の事は忘れたかのように楽しげに話をしている。

話に中心にいるのはラモンにエミリオだ。

 

 いつもなら、あの話の中心にいるのはブラッドリーだった。けれど……彼はもうこの学院に戻ってくることはない。

 

 クラスメイト達はもとより、ラモンにエミリオまであれから一度もブラッドリーの話を口にしない。


 誰もがブラッドリーのことを気にもとめない。


 そんな彼が……少しだけ哀れに感じてしまった――。




****



 HRが終わり、急いでいつもの待ち合わせ場所に向かうために廊下を歩いていると、丁度AクラスもHRが終わったところだった。


「エディットはもう教室を出たのかな……?」


 一緒に帰る為にAクラスの前で待とうかと思ったけれども、やはりエディットの立場を考えてやめることにした。


 うん、やっぱりいつもの場所でエディットを待っていたほうが良さそうだ。

そこでそのままAクラスの前を素通りしようとした時……。


「待って下さい!アドルフ様!」


 背後から声が聞こえ、振り向くとエディットが丁度教室から出てくるところだった。


「エディット……」


足を止めて待っていると、すぐにエディットは僕の側に駆けつけて笑顔を向けてくる。


「一緒に帰りましょう。アドルフ様」


「え?う、うん……それはいいけど……」


僕はちらりと周囲を見ると、数名のAクラスの学生たちの声がこれみよがしに聞こえてきた。


「エディットさん……またCクラスの人と一緒だわ」

「クラス委員なのにな」

「恥ずかしくないのかしら……」


「……」


 エディットは無言で唇を噛むように少し俯いている。


「エディット……」


 すると不意にエディットは顔を上げて、笑みを浮かべると僕と手を繋いで来た。


「行きましょう、アドルフ様」


「…うん、そうだね。帰ろう?」


 エディットの繋いできた小さな手を握りしめ、僕達はその場を後にした――。




「エディット」


校舎を出て隣を歩くエディットに声を掛けるとエディットは立ち止まって僕を見上げてくる。


「はい、アドルフ様」


「もう……こんな思いはさせないって約束するよ」


「……はい」


恥ずかしそうに頬を染めて俯くエディットが僕の手を握り返してくる。


そんな仕草が愛しくて……いつものようにそっとエディットの頭を僕は撫でた――。






 



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