婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい

第156話 偶然……？

　11時――

「あの、アドルフ様」

「うん。何？」

　不意にエディットが声を掛けてきたので教科書から顔を上げると返事をした。

「実は、本日私の家にお呼びしたのはアドルフ様に私の手作りの昼食を食べて頂きたかったからなのです」

「へ〜そうだったの？それは嬉しいなぁ」

　素直な気持ちを述べると、途端にエディットは頬を染める。

「両親は今外出中で不在ですので、私とアドルフ様2人での食事になるので……こちらで頂きませんか？」

「うん、それは少しも構わないよ？」

「そうですか。それでは準備をしてまいりますので……」

「大丈夫だよ、ここで勉強の続きをしているから」

「はい、それでは行ってきますね」

　エディットは席を立つと、急ぎ足で部屋を出ていき……僕は1人になった。

「……よし、少しでも勉強を進めておかないとな。エディットの足手まといにはなりたくないから」

　再び、教科書に目を落とすとノートまとめの続きを再開した――。

＊＊＊＊

　12時15分――　

『アドルフ様、入っても宜しいですか？』

　扉の外からエディットの声が聞こえてきた。

「うん、大丈夫だよ、今扉を開けるね」

『ありがとうございます』

　席を立って扉を開けると、ワゴンを押したエディットが立っていた。

「開けていただいてありがとうございます」

笑顔で僕を見るエディット。

「これくらいでお礼なんかいいよ。中に入っておいで？」

「はい」

　ワゴンを押したままエディットはパーラールームへ入ってきた。皿の上には金属製のドームカバーが被せられている。

　一体、エディットはどんな料理を作ってきてくれたのだろう？

　ワクワクしながら席で僕は待った。

「あの……こちらなのですけど」

　エディットは恥ずかしそうにドームカバーを外した。

　　え……？

　　その料理を目にした時……僕は息を呑んだ――。

＊＊＊＊

　17時――

　家に帰る僕をエディットが外まで見送りに出てくれていた。

「エディット、今日はありがとう。勉強と……それに手作りのランチ。とても美味しかったよ」

「いいえ、でも……本当に宜しいのですか？うちの馬車を使わなくても」

エディットが申し訳無さそうにしている。

「うん、いいんだよ。辻馬車に乗って帰るから。もう夕方だし、外は冷えるから中に入りなよ」

「ですが……」

「試験前に風邪を引いたら、受けられずに記念式典パーティーに参加出来なくなってしまうよ？」

「そ、それは確かに困りますけど……」

「なら、もう家に入りなよ」

「分かりました。では明日……」

エディットが顔を上げて僕を見た。

「うん、また迎えに来てくれるんだよね？待ってるよ」

「はい」

そしてエディットは嬉しそうに笑った――。

＊＊＊＊

　黄昏の空の下、ガラガラと馬車は音を立てて走っていた。

「……」

　今日のことをあれこれ考えていると、馬車の揺れが心地よく……僕は急激に眠くなってきた。

「エディットが作ってくれた料理は……偶然なのかな……？」

　窓の外を眺めながら、思わず言葉が漏れてしまった。

　屋敷に着くまで眠っていよう……。

そして、僕は目を閉じた――。