第153話 2人の婚約が決まった理由

「フフフフ……。アドルフくん、ようやく2人きりになれたね」


 伯爵が意味深に笑う。


「そ、そうですね……」


「さて、では男同士で話をしようじゃないか。さ、ソファに掛けたまえ」


「それでは……失礼致します……」


 客室に備えられたソファセットを勧められたので、遠慮がちに腰掛けると向かい側に伯爵が座ってきた。


「どれ、私も失礼しようかな」


 2人で向かい合わせになると、早速伯爵が身を乗り出してきた。


「先程はブラッドリーの話を持ち出して悪かったね。君にとっては面白い話では無かっただろうに」


「いえ、どうぞお構いなく。彼は僕だけではなく、エディットの幼馴染でもありますいから」


「しかし、彼は本当に酷い青年だったようだな。いくら我等より名門の家柄でもだ。やはり婚約の申し出を断って本当に良かったよ」


「え?い、今……何と仰ったのですか?」


 僕の聞き間違いでなければ、今伯爵は『婚約の申し出を断った』と言わなかっただろうか?


すると――。



「そうなのだよ。実はこの話はエディットは知らないのだが、実はエディットと君の婚約の話が決まる少し前にモーガン家から2人を婚約させたいと申し出があったのだよ」


「えぇぇえええっ?!ほ、ほ、本当ですかっ?!今の話はっ?!」


 思わず席をガタンと立ってしまった。


「随分……驚いたようだね……。まぁ、落ち着いて座りなさい」


「は、はい……」


 再びソファに腰掛けるも、自分でも驚くほど動揺してしまっている。


「まぁ、君がそれほど驚くのだからね……。でも、もっと驚いたのは私と妻だ。それは分かるだろう?」


「はい。それは勿論……」


「ブラッドリーの素行が悪いのは初めて出会った頃から分かっていたからね……。それにエディットから話を聞いたが……君の背中の傷はブラッドリーが2人のいるサンルームめがけて石を投げて窓ガラスを割ったせいなのだろう?」


「そう……です……」


「そんな素行の悪い彼を大切な娘と婚約させるわけにはいかないだろう?だから悩んだ挙げ句、ヴァレンシュタイン家にお願いして君と娘を婚約させることにしたのだよ。幸い、2人は仲が良かったからね」


「そうだったのですか……」


それじゃ僕とエディットが婚約することになったのは、ある意味ブラッドリーのお陰ってことになるのだろうか?


え?待てよ。それってまさか……。


「あ、あの……その、モーガン家がエディットを婚約者にしたいと言ってきたのは……?」


「勿論、ブラッドリーが両親に訴えたそうだ。だからモーガン家が直に我が家を尋ねてきたのだよ」


「そ、そんな……」


 それじゃ、ブラッドリーはあの卒業記念パーティーでさぞかし傷ついたに違いない。

 何しろ彼は自分から両親にエディットとの婚約を望んでいたのに断られて……それでもエディットに告白しようとダンスまで誘ったのだから。

 けれどそれすら断られ、挙句の果てに僕とエディットの婚約の話が決まったことを知ってしまった。


「とにかく、2人の婚約が決まったのはそういうわけなのだよ。勿論エディットはこの話を知らない。くれぐれも娘には内緒にしておいてくれよ?ただ、君にだけは知っておいてもらおうかと思ってね」


「は、はい……分かりました」


「ではこれで失礼するよ。また明日の朝食の席で会おう」



 そして伯爵は「ゆっくり休んでくれ」と言って、部屋を出て行った。


バタン……


扉が閉じられ、1人きりになるとため息が口をついて出てしまった。



「はぁ〜まさか、僕とエディットの婚約の裏ではそんな事情が隠されていたなんて」


 そして思った。


ブラッドリーが僕を恨むのは当然だ――と。

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