第154話 僕の願い
結局この夜は伯爵の話とブラッドリーの件、そして慣れない部屋のせいで殆ど眠ることが出来ずに気が付けば夜が明けていた――。
午前6時半――
「ふわぁぁぁああ……」
ベッドの上であくびを噛み殺し、ムクリと起き上がった。
「うぅぅう……結局2時間位しか眠れなかったな……。まずい、このままだと勉強中に眠気が襲ってくるかも知れない……」
勉強の最中に欠伸なんかしていればエディットに軽蔑されてしまうかもしれない。
なんとしても、彼女の前で醜態を晒すわけにはいかない。
「冷たい水で顔を洗えば眠気も覚めるかな……?」
ベッドから出ると、顔を洗う為に洗面台へと向かった――。
「ふぅ、さっぱりした……。これで暫くは大丈夫かな?」
洗面台から出てくると、早速ロワイエ家が用意してくれた服に袖を通すことにした。
「へぇ……驚いたな。ぴったりだ」
用意してくれたシャツやボトムス、ベストにジャケットまで全て僕のサイズに丁度良かった。
「……ひょっとして僕の服のサイズを知っていたのかな?……まぁそんなわけ無いか。たまたまだろうな」
そして鏡の前で、改めて棒タイを結び直していると扉をノックする音が聞こえてきた。
コンコン
「誰かな?ひょっとしてロワイエ家の使用人の人かもしれない」
「はい」
急いで扉に向かい、ドアノブを回して開けると驚いたことそこにいたのはエディットだった。今朝のエディットは上品な紺色のワンピース姿に頭のリボンも同じ紺色だ。
「あ、アドルフ様。おはようございます。起きてらしたのですね……もしまだ眠っていたらと思っていたのですが、お目覚めで良かったです」
「うん、おはよう。エディット」
「あの、朝食の準備が出来ているのでお呼びするために伺ったのですが……準備はできているようですね?」
「うん、用意してくれた服……ぴったりだったよ。ありがとう」
「い、いえ。サイズが合って良かったです……。その……とても良くお似合いです」
エディットが頬を染めて俯いた。
「ありがとう、今日のエディットの服もよく似合ってる。とても可愛いよ」
そしていつもの癖でつい、エディットの髪を撫でていた。
「ア、アドルフ様……」
すると増々真っ赤になるエディット。そして何処からか感じる視線に慌てて振り向くと、なんと夫人が僕達の様子を見つめていた。
しまった!ここはエディットの屋敷で……ま、まさか夫人に見られていたとは!
「あ!ロワイエ夫人!おはようございます!こ、こ、これは……そ、その……!すみません!」
慌ててエディットの髪から手を離すと、夫人が意味深な笑みを浮かべた。
「おはようございます、アドルフ様。私は先にダイニングルームに行っておりますね。エディット、アドルフ様をきちんと案内して差し上げなさい」
「はい、お母様」
エディットが返事をすると、夫人は僕達の側をすり抜けて行った。
夫人が立ち去り、廊下には僕とエディットが取り残された。
「ご、ごめん……エディット。夫人が側にいたとは知らず、つい……癖で……」
するとエディットは首を振った。
「いいえ、気になさらないで下さい。そ、それでは行きましょうか?」
エディットの顔は……耳まで赤く染まっていた。
その姿を目にして僕は思った。
両家が決めた僕達の婚約にはエディットの意思も含まれていたのだろうか?
願わくば、親が決めたからではなく……彼女の方から僕との婚約を望んでくれていることを祈らずにはいられなかった――。
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