第127話 悪役令息はもう終わり

「え?だ、大事な……話……?」


すると、僕の言葉にコクリと頷くエディット。その顔はいつにもまして真剣だ。

もしかして……僕との婚約を破棄したいって言いだすのだろうか?!

だけど、言われても仕方がない。だって僕は今まで散々酷いことをエディットにしてしまったのだから。

こんな僕は彼女の傍にいる資格は無いかもしれない。


「そ、それで……話の内容は……?」


テーブルの下で、膝の上に置いた手に力を込める。


「はい、アドルフ様。今日が何の日かご存知ですか?」


けれど、エディットの口からは意外な台詞が飛び出した。


「え?」


何の日……?何の日だっけ?いくら考えても思い出せない。


「ごめん、エディット……。今日は何の日だっけ?」


「やはり、ご存じなかったのですね。すみません、てっきりアドルフ様は御存知かと思ったのですが……実は、今日は古代文字の試験日なのです」


「え……?ええっ?!きょ、今日?!」


「はい、古代文字は突然試験日が告知されることがあるのですが……昨日、突然決定しました。ですが、アドルフ様があんなことになって……連絡が行き届かなかったのですよね?私も気が動転して、古代文字の試験のことをお伝え出来ませんでした」


エディットが申し訳なさそうに頭を下げてくる。


「そ、そうか……古代文字の……良かった……」


何だ。てっきり、婚約破棄を伝えに来たのかと思ってしまった。

思わず安堵のため息をつく。

するとエディットが笑顔になった。


「良かったです。その御様子なら、古代文字の試験は自信があるということですね?安心しました」


「え?!あ、じ、自信はそんなには無いよ。良かったって言ったのは別のことだから」


「別のこと……ですか?」


エディットが首を傾げる。

その仕草もとても可愛らしく、胸の鼓動が高まった。


「う、うん。それよりも食事をしよう。食べながらでも話は出来るしね」


「そうですね」


早速僕たちは食事をしながら会話を続けた。


「そうか……。でも今日が古代文字の試験の日だったなんて……」


オムレツを切り分けながらため息をつくと、エディットが声を掛けて来た。


「はい。そのことをお伝えしたくて、こんなに朝早くから来てしまったのです。それで、試験のことですが……。時間もあまりありませんけど、食事しながら私と勉強しませんか?」


「エディット……」


「でも、もし古代文字が自信が無いと言うのなら‥‥‥私も試験で点を落としたいと思います」


「な、何でそうなるの?!わざと試験で点を取らないつもりなのかい?」


するとエディットが俯いた。


「はい……。だって私……アドルフ様と同じクラスになりたいからです。学院で一緒にいても他の誰からも後ろ指さされずに……傍にいたいのです」


俯いたエディットは耳まで真っ赤になっている。

その姿を見た僕は罪悪感で胸がズキズキと痛くなった。

記憶の中のアドルフはブラッドリーの為にわざと勉強をしなくなり、成績を落とした。

エディットと同じクラスにならない為に……。


そこで僕はエディットに声を掛けた。


「エディット。こっちを向いてくれるかな?」

「は、はい」


エディットは顔を上げて僕をみた。その瞳は少しだけ潤んでいる。


「古代文字の試験……頑張るよ。僕もエディットと同じクラスになりたいから。だからわざと点を落とすようなことはしないでくれるかな?」


「は、はい!」


嬉しそうに返事をするエディット。


そうだ。

全ての試験でいい点を取って、ブラッドリーを見返してやる。

もう、僕は昔の僕では無いということを証明するんだ。もう僕は……悪役令息じゃないのだから。


「それでは早速勉強しましょう。アドルフ様、パンは古代文字で何と言いますか?」


「えっと……パンは……」



こうして僕とエディットは食事をしながら古代文字の勉強を始めた――。

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