第125話 6年前の記憶 8

 僕の豹変ぶりにその場にいた全員が驚いたのは言うまでも無かった。

母は今にも泣きそうになるし、エディットは既に泣いている。父と兄、伯爵は呆気に取られた顔をしている。


 そしてブラッドリーは……。


「ア、アドルフ……お前、一体どうしたんだ?まるで別人のようじゃないか?」


父がオロオロした様子で尋ねてくる。


「別人?誰がだよ?俺はアドルフ・ヴァレンシュタインだ。何か文句あるかよ?」


ちゃんと演技出来ているだろうか……?

僕は扉の側に立っているブラッドリーをチラリと見た。

すると彼も他の人達同樣、驚いた様子で僕を見ていた。


「そ、そうだ。アドルフ。ブラッドリーが階段下で倒れているお前を発見して私達を呼びに来たんだよ」


父が狼狽えながらも僕に話しかけてきた。


そうか……。

ブラッドリーは僕に小石を投げたことは内緒に……。だったら僕から何も言うことはない。

彼だって、まさか僕が階段から転げ落ちるとは予想していなかったのだろうから。


「へ〜。ブラッドリー、お前が俺を助けてくれたのか?ありがとうよ」


いつもブラッドリーや少し悪さをしている男子生徒達の口調を真似ながら彼に感謝の言葉を述べた。


「あ、い、いや。そんなの当然だろう?お前は俺の親友なんだからな」


少しだけ僕から視線をそらすブラッドリー。


うん、それでいいんだよ。


僕は階段から転げ落ちて頭を打ったショックで性格が変わってしまった。

乱暴者で、どうしようもない男アドルフに。

エディットが僕に婚約破棄を告げてくるまで僕は演技を続けよう。


周囲を騙す為に……徹底的に悪い人間を演じなければならないんだ。


それがブラッドリーとエディットの為なのだから。



そして、僕は変わった。

乱暴者のアドルフ・ヴァレンシュタインに――。



****


 眩しい太陽が僕の顔を照らし、目が覚めた。


「う……」


何だろう?ひどい頭痛がする……。

目をこすろうとした時、頬に涙の乾いた後があることに気づいた。


「そう……か……。泣きながら眠っていたのか……」


ベッドからムクリと起き上がり、ため息が漏れてしまった。


「アドルフ……君は馬鹿だよ。本当に……」


 アドルフはエディットから嫌気をさされるようにわざと彼女に……周囲の人達に酷い態度を取ってきた。

全ては彼女から婚約破棄を言われるために、そしてブラッドリーとエディットが結ばれるために。


 それなのに、原作ではセドリックが現れてエディットと恋仲になってしまった。

挙げ句に皮肉なことにアドルフはエディットに酷い振る舞いを取ったことで、セドリックに罰せられ、国を追放されてしまったのだから。


だけどもう、原作とは同じ結果にはならない。セドリックはエディットに興味はないし、僕はエディットが好きだ。もう、誰にも彼女を渡すつもりはない。

それが例え、ブラッドリーであろうとも。


「今日登校したら、ブラッドリーを問い詰めよう。そしてはっきり言おう。エディットは絶対に渡さないって……」


例え、ブラッドリーとの仲が壊れたって構うものか。

僕にとって、この世界で一番大切な存在はエディットなのだから。


決意を胸に、学院へ行く準備を始めた――。



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