第103話 悪役令息の悩みはつきない
「只今戻りました……」
屋敷に到着し、自室へ行く前にリビングルームのソファで母がお茶を飲んでいる姿に気付いて声を掛けた。
「あら、お帰りなさい。アドル……ええっ?!ど、どうしたのっ?!」
突然何かに驚いた様子で母が駆け寄ってきた。
「アドルフッ!随分顔色が青ざめているじゃないのっ!!」
母が顔を覗き込んできた。
「え?そ、そうですか?別に何もありませんよ?ちょっと、疲れただけですから」
家族にはいらぬ心配はさせたくなかった。
「あら?そうなの?だったら夕食まで部屋で休んでいなさいな」
「はい……。では失礼します」
母に頭を下げると、僕は自室へ足を向けた。
**
自室に辿り着き、扉を開けると色々な物にベタベタとメモが貼られた部屋が飛び込んできた。
「ふぅ……」
ため息をつき、扉を閉めるとメモが貼り付いた本棚に近付いた。
ピッ
本棚のメモを剥がすと、じっと見つめる。
メモには古代文字で『本棚』と書かれている。これは古代文字が苦手な僕が自分でメモを取って貼り付けたものだ。
他にも部屋中にメモは溢れている。
机やテーブル、ベッドに衣装棚、それに鏡……。
「もう、古代文字を勉強する必要も無くなったかな……」
ため息混じりにポツリと呟いた。
僕は今迄エディットと同じAクラスになる為に試験勉強を頑張った。
けれども、もう試験で良い点を取るわけにはいかない。
自分のせいでエディットとは気まずい関係になってしまったし、第一エディットに恋するブラッドリーのことを考えると尚更試験で良い点を取るわけにはいかない。
ブラッドリーは毒舌家だし、軽い人間に見えがちだけど実際の彼は……決して悪い男ではない。
確かに勉強は苦手かもしれないけれども、腕を怪我してペンを握ることが出来なかった僕の為に、一生懸命板書したノートだって貸してくれた。
すっかり中身が変わってしまった僕のことも受け入れてくれている。
彼はアドルフにとっての大切な親友だ。
それに何よりエディットを一途に思っている。
初めて彼ブラッドリーと2人で町に買い物に来た時エディットが2人組の男に声を掛けられていたあの時……。
僕はセドリックが助けに現れるはずだと思い、躊躇していた。
けれどもブラッドリーは顔色を変えて早く助けに行くように僕に訴えてきた。
多分僕があの場にいなかったら、ブラッドリーは真っ先にエディットの元へ駆け寄って行ったはずだ。
けれど、そうしなかったのは僕に気を使って……。
「はぁ〜……」
頭を抱えると、傍らの椅子に座り込んだ。
駄目だ、考えれば考えるほどに憂鬱な気分になってくる。
鈍い僕でも今となっては、はっきり分かる。
本当のアドルフが一体何を考えて、エディットに辛く当たっていたのかを……。
「きっと、ブラッドリーはさぞかし僕のことを不審に思っていただろうな……」
何しろアドルフはエディットの事を徹底的に排除しようとしていたのに、馬に蹴られて僕の人格が目覚めた?途端エディットと急接近したのだから。
「もう、エディットにもブラッドリーにも申し訳なくて2人に合わす顔がないよ……」
結局、この日……僕は夕食に呼ばれるまで部屋で悩み続けるのだった。
そして夕食後……思いがけない人物が僕の元を訪ねて来た――。
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