第102話 ヒロインを悲しませる悪役令息
「な、何故ですか……?アドルフ様」
エディットが青い大きな目を見開いて僕を見つめる。
「そ、それは……。うん、実は今日エディットの家に馬車で来た時に結構迂回して馬車が走っていたんだ…。つまり、君が僕の家に寄って学院に向かえば…遠回りだってことに今更だけど気付いたんだよ」
「……」
エディットは黙って僕の話を聞いている。
自分でも良く分かっている。これが苦しい言い訳だってことくらい。
「僕の家に寄りさえしなければ、15分位は時間を短縮して学院に行くことが出来るよね?たった15分と言ったって、往復だと30分。これが学院に通う5日間で計算すると150分もエディットの貴重な時間を奪っていることになるんなじゃないかな?これが年間を通すとどれほどの時間の損害になると思う?」
もはや何を言ってるのか、訳が分からなくなっていた。
だけど、僕は沈黙が怖かった。
何故ならエディットの大きな目が徐々に潤んでいき、今にも涙が浮かびそうになっているからだ。
お願いだから…そんな目で見ないで欲しい。
僕はまたしても、勘違いしそうになってしまう。本当は…エディットは僕のことを好きなのではないかと。
だけどそんなはずは無いのに。
何故なら、エディットはブラッドリーとあんなにも楽し気に笑い声を立てていた。
僕の前ではあんな風に笑ったことなど無かったのに。
だからエディットが本当に好きな相手は……。
「アドルフ様…‥‥私が馬車で送り迎えするのが嫌なのですか……?」
今にも泣きそうな声でエディットが尋ねてくる。
「そ、そんなことは言って無いよ。ただ……僕は、エディットに迷惑かけたくは無かったから…‥。そ、それにもう学院でランチを一緒に食べるのもやめよう?毎日作って来て貰うのも心苦しいし……。それに何より、今はまだガゼボが温かくても真冬になれば、あの場所はとても寒くなるよ。また今日みたいにエディットには風邪を引いて貰いたくは無いんだ……」
これ以上エディットの顔を見ているのが辛かった。
こんな悲し気な顔をさせているのが自分だと言うことで罪悪感で胸が一杯だ。
「ア、アドルフ様……」
ついにエディットの目に大粒の涙が浮かび、ブランケットの上に染みを作った。
「エ、エディット‥‥!」
「‥‥う…っ…」
エディットは俯くと声を殺して肩を震わせるように泣いている。
どうしてそんなに悲し気に泣くのだろう?それほど僕は彼女を辛い目に遭わせているのだろうか?
「エディット……」
悲しむエディットを何とかしてあげたくて、思わず彼女の身体に手を伸ばし……触れようとしたところで思いとどまった。
何故なら一瞬、部屋を去って行くブラッドリーの悲し気な姿が脳裏を過ったからだ。
ブラッドリーは間違いなくエディットのことを好いている。
それに、ブラッドリーのあの腕の傷‥‥。エディットが話してくれた過去と合致している。
エディットの本当の運命の相手はセドリック王子でも無ければ僕でもない。
恐らくブラッドリーだったんだ。
本来のアドルフはそのことを知っていたから、わざとエディットに冷たい態度を取っていたに違いない。
彼女から嫌われて、ブラッドリーと結ばせる為に。
「ごめん、エディット。君を泣かせるつもりは本当に無かったんだよ」
エディットの頭をそっと撫でた。
「だ、だったら…そ、そんな悲しい事仰らないで下さい……」
顔を上げたエディットの頬は涙で濡れていた。
その姿に胸がズキリと痛む。
「……」
僕は声を掛ける代わりに、ポケットからハンカチを取り出すとエディットの涙を拭った。
「アドルフ様……」
「帰るね。エディット。病み上がりなのに……ごめんね」
エディットの手にハンカチを握りしめさせると椅子から立ち上がった。
「アドルフ様……」
「さよなら、エディット」
まるで別れの言葉にも取れるようなセリフを言うと、僕はそのまま背を向けて逃げるようにエディットの部屋を後にした。
この出来事で僕は恐らくエディットの家から婚約破棄を告げられることになるかもしれない。
そんな予感を胸に抱きながら、絶望した気持ちで家路へ就いた――。
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