婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい

第101話 無意識に口をついて出た言葉

「え？」

「まぁ！」

ブラッドリーとエディットが同時に振り向き、声を上げた。

「あ、あはははは……ど、どうも……」

どう考えても今のこの状況では僕はただのお邪魔虫でしかあり得ない。

あぁ……もう帰りたい……。

「アドルフ様、どうしてこちらに……？今日は用事があったのではありませんか？」

エディットが目を見開いて僕を見る。

すると……。

「な〜んだ、やっぱり来れたんじゃないか？アドルフ！」

突然ブラッドリーがにこやかに声を掛けてきた。

「え？」

「学院の用事、早く終わったんだろう？それでエディットの家に来たんだろう？」

「え？あ、そ、そうなんだ」

何故か酷く後ろめたい気持ちになりながら返事をする。

「よし、それじゃ俺は帰るかな」

ブラッドリーは立ち上がった。

「え？」

「ブラッドリー様？」

僕とエディットは驚いてブラッドリーを見た。

「あら、ブラッドリー。帰るのね？」

そこへ空気の読めない夫人がブラッドリーに声を掛ける。

「はい、婚約者のアドルフが来たなら僕はもう帰りますよ。それじゃあまたな。アドルフ、エディット」

「はい、ブラッドリー様。本日はお見舞いに来てくださり、ありがとうございました」

「別に礼なんかいらないさ」

エディットに笑みを返すとブラッドリーは扉のそばに立つ僕の方へとやってきた。

そしてすれ違いざまに僕にだけ聞こえる声で彼は言った。

「ごめん、悪かった」

その声は何処か寂しげだった。

「え？」

慌てて振り返るも、ブラッドリーはこちらを見ることもなく部屋を去ってしまった。

ブラッドリー……？

するとブラッドリーがいなくなるとすぐに、夫人が部屋にいたメイドとフットマン達に声を掛けた。

「あなたたち、もう行っていいわよ。エディットとアドルフ様の2人だけにしてあげましょう」

「「「「はい」」」」

側に控えていた4人は返事をすると部屋から立ち去って行く。

「ホホホホホホ……それではアドルフ様。ごゆっくりしてらして下さい」

「は、はぁ……どうも……」

意味深な笑いを浮かべながら夫人も部屋を出ていったけれども、あいにく今の僕は少しも笑えない。

う……き、気まずい……。

きっと僕はエディットとブラッドリーにとって邪魔者だったに違いない。

それなのにこの部屋でエディットと2人きりなんて……。

思わず扉の前で突っ立っていると、エディットが不思議そうに首を傾げて僕を見た。

「アドルフ様？どうされたのですか？」

「べ、別に何でも無いよ？」

駄目だ、声が上ずってしまう。

「それではこちらの椅子にお掛けになりませんか？もう私の体調もすっかり良くなりましたし」

先程までブラッドリーが座っていた椅子を指し示した。

僕が座ってもいいのだろうか？

躊躇っていると、エディットが再度声を掛けてきた。

「アドルフ様？」

「うん、それじゃ座らせて貰おうかな？」

エディットに怪しまれる前にさっさと座ってしまおう。

　椅子に腰掛けるとすぐにエディットに尋ねた。

「本当にもう具合は大丈夫なのかい？」

「ええ、大丈夫です」

「それは良かった。ところで……」

ブラッドリーとはどんな話を……とは言えず、代わりにカバンからプリントを取り出すとエディットに手渡した。

「エディット、セドリックからプリントを預かってきたよ」

「まぁ、ありがとうございます。アドルフ様」

「うん。今日エディットのお見舞いに来たのはこのプリントを手渡す為だったんだ」

エディットのお見舞いに来るための大義名分が欲しかったので、敢えてプリントの話を口にした。

「そうだったのですね？わざわざ持ってきて下さるなんて、ありがとうございます」

「それじゃ……僕はもう帰るね」

椅子から立ち上がった。

何だか先程のブラッドリーの悲しげな様子が脳裏をよぎり、いたたまれなくなってしまった。

「え？も、もう帰ってしまうのですか？」

エディットが目を見開いて僕を見る。

「うん……。いくら良くなったと言っても…ほら、エディットは病み上がりなんだから、もう休んだほうがいいよ」

「そうですか……？でも、アドルフ様がそう仰るのであれば…」

「うん。今日はゆっくり休んでね」

「はい、では明日はまたいつものようにお迎えに伺いますね」

迎え……。

本当に僕は迎えに来てもらう立場にいていいのだろうか……？

気づけば、無意識に言葉がついて出てしまった。

「明日からはもう、迎えには来なくていいよ」

と――。