第78話 最低?な悪役令息

 翌朝――



「ふわぁぁ〜…」


邸宅の正門前でエディットの迎えを待っていると、前方からガラガラと音を立てて白い馬車がやってきた。


「おはようございます、アドルフ様」


エディットの専属御者の男性が声を掛けてくる。


「おはようございます」


馬車は僕の目の前で止まると、すぐにエディットが窓から顔をのぞかせて挨拶してきた。


「アドルフ様、おはようございます」

「うん、おはよう。エディット」


「今、扉を開けますね?」


エディットが席を立って扉を開けようとした。


「いいよ、それくらい自分で開けるから。女の子にそんなマネはさせられないよ」


「アドルフ様……」


エディットがその言葉に赤くなる。


うん、本当にエディットは可愛らしい。

僕の言葉1つで喜んでくれるなんて、くすぐったい気持ちになってくる。



キィイ〜……


ハンドルを握り、扉を開けて中に入って閉じるとすぐに馬車は走り始めた。


いつものようにエディットの向かい側に腰掛けると、大きな蓋付きのバスケットが座椅子に置かれていることに気付いた。


「エディット、それはもしかして……」


バスケットを指差すとエディットは、はにかんだ笑みを浮かべた。


「はい、これは本日私とアドルフ様の昼食が入っています。私が自分で作ってきました」


「やっぱりそうなんだね?本当に作ってきてくれたんだ」


一体どんなお昼ごはんなんだろう……?


「少し、ご覧になりますか?」


ためらいがちに尋ねてくるエディット。


「う〜ん…やめておくよ。楽しみは最後まで取っておきたいからね。午前中、ワクワクしながらお昼を待つのもいいものだよ」


「分かりました。ご期待に添えるかは分かりませんけど……そんなふうに言ってもらえると嬉しいです」


エディットは頬を染めて恥ずかしそうに髪をかきあげた。


馬車の窓からは明るい太陽が差し込み、エディットのウェーブのかかった金の長い髪がキラキラと反射して光り輝いて見える。


…やっぱりエディットは綺麗だ。

本当に悪役令息の僕が……一緒にいていい存在なのだろうか?


そんなことを考えていると、エディットが声を掛けてきた。


「アドルフ様、昨日は数学の勉強をされたのですか?」


「勿論だよ。夕食を食べるまではずっと数学の勉強をしたよ。大丈夫、この分だと来週の試験は…いけそうな気がするよ」


「ええ、私もアドルフ様のことを信じております。アドルフ様は頑張れば出来る方ですから」


「ありがとう、エディットの応援が一番頑張れるよ。それで思ったんだけど、やっぱり一番の難関は古代文字の科目だと思ったんだ。あの授業は皆が難しいと思っているんだよね?」


僕の問いかけにエディットは少しだけ考え込む素振りを見せた。


「そうですね…確か毎回試験の平均点数は60点くらいですから、かなり難しいでしょうね?」


「だから、古代文字で好成績を収めれば、誰も僕とエディットが一緒にいても陰口を叩く人たちはいないと思うんだ。それで昨夜から古代文字の勉強も始めたんだよ。まずは自分の出来ることからね」


「まぁ。それはどんな方法ですか?」


エディットが興味深げに目を見開いて尋ねてきた。


「うん、それはね……」


こうして僕とエディットは馬車が学院に到着するまでの間、勉強の話で盛り上がるのだった――。




****



「おはよう!皆っ!」


教室に入ると、既に登校していたブラッドリー、ラモン、エミリオに声を掛けた。


「よぉ、おはよう。アドルフ、朝からご機嫌だな?」


エミリオが頬杖をつきながら僕を見た。


「どうせまた婚約者と一緒に登校してきたんだろう?」


ラモンがからかうような口調で尋ねてきた。


「え?!な、何故それを?!」


「本当にお前は馬鹿だな〜。鏡で自分の顔をみてみたらどうだ?だらしなくニヤけているぞ?」


ブラッドリーが呆れた様子で肩をすくめた。


「そ、そんなにニヤけているかな……?」


鏡で自分の顔を確認したくても、あいにく僕は女性じゃ無いから鏡なんて持ち歩いていない。


その時……。



「おはよう、アドルフ。それに皆さん」


不意に声を掛けられて、僕達は振り返るとそこには4人の女子学生が立っていた。


「えっと確か君達は……?」


すると耳元でブラッドリーが僕を叱責してきた。


「ビクトリアにエレナ、それにマリアンにリズだろ?!」


そんな事言われても僕には誰が誰だか区別がつかない。名前だけ教えられても困るな……。


すると僕に成り代わってラモンが女子学生たちに声を掛ける。


「皆、僕達に何の用かな?」


すると栗毛色にふわふわした髪の女子学生が腕組みして、何故か僕を見た。


「貴方達、まだ記念式典パーティーのパートナーが決まっていないんじゃないの?良かったら私達が相手になってあげてもいいわよ?」


「え?!本当か?その話っ!」

「やった!マジかよっ!」


エミリオにラモンは手放しで喜んでいる。

するとブラッドリーが口を開いた。


「それは嬉しい誘いだな。だがアドルフはもうパートナーが決まっているから俺たち3人でペアを決めようじゃないか」


「「「「えっ?!」」」」


途端に青ざめる4人の女子学生達


「ちょ、ちょっと!それって一体どういうことよっ!」

「そうよ!説明してよね!」

「誰と行くつもり?!」

「アドルフッ!、答えてよ!」


「ええっ?!」


な、何でこの女子学生は僕にだけ詰め寄ってくるんだ?!

周りにはブラッドリー達がいるのにっ?!


僕が質問攻めに合う様子をラモンもエミリオもつまらなそうな様子で見ている。

そしてブラッドリーはニヤニヤしながら高みの見物を決め込んでいるようだった。




やっぱりアドルフは最低な男だったのかも知れない。


僕のパートナーはエディットに決めているからと納得させるだけで、授業前から労力を使って疲れ切ってしまった。



ビクトリア達に釈明しながら、密かに僕は想った。


早くエディットと同じクラスになりたい――と。











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