壮年篇

壮年篇(1)『独り呑み』 TOKYO FM「サントリー サタデー ウェイティング バー」

 大体において、イタリアンレストランなんて、チェーン店のカプリチョーザに2回行ったきりの俺だから、本格的なイタ飯なんて食べたことはないし、ましてや、元麻布なんて1mmも足を踏み入れたことがない。

 がしかし、いつもの教授の足音が聞こえてきて、いつもの決め文句を言ってからドアを開いてすぐに耳に飛び込んでくるジャズの音色を聞くと、55分間、結局、全部聴いてしまう。

 教授が座るか座らないかで「ジェイク、いつもの」とジンとスイートベルモットのカクテルを注文すると、「かしこまりました」とジェイクが答えるのと同時にシェイカーを振り始めるそのタイミングがいくらなんでも早すぎだろう、といつも思うけれど、「サントリー サタデー ウェイティング バー アヴァンティ」というナレーションが入ってから、「あゝ旨い」と教授が一言漏らすと、俺までそのお店の中にいるような気になる。


 そういや、この番組が始まった1992年の5~6年前の流行語大賞になったのが「ワンフィンガー・ツーフィンガー」だった。村松友視がバーテンダー相手に短い世間話をした後に「ツーフィンガー」と村松友視がオーダーし、「ツーフィンガー」とバーテンダーが復唱するサントリーオールドのCMだ。当時の俺は、とても恥ずかしくてこんなオーダーなんてしたことがなかったが、周りの客は村松友視のさりげないオーダーの仕方とは打って変わって「マスター!ワンフィンガー!ワンフィンガーで宜しく~!」って大声でオーダーしていた記憶がある。

 でも、未だに、そのオーダーの仕方が、流行語大賞をもらう前からの一般的な言い方だったのかどうかは不明だ。いつか、もっといい大人になって、それなりの老舗バーに行くことがあったら、バーテンダーに聞いてみたい。


 アヴァンティ常連客の取手豪州の邪魔さ加減と南さんに関しての嫉妬もスパイスになって楽しかったし、初めは、胡散臭いと思っていたその道の達人たちの会話も、慣れれば、心の雑学ノートにメモできるようなものをたくさん聞けた。


 月曜日からの仕事から解放されて、一人で一杯飲るために車を新潟市の繁華街まで走らせながら聴くアヴァンティが最もナイスなシチュエーションではあるが、いつもの焼き肉屋でジョッキ片手で独りで食し、いつものバーで、ピュアモルトをショットで何杯か飲みはするけれど、アヴァンティみたいなお洒落な会話は全く無く、ただ、ひたすら胃袋に入れては煙草をふかしているだけの90年代初頭の俺であるわけなのだが…





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る