星と少女とちっぽけな夜

 ひとたび歩けば埃が舞い踊る屋根裏部屋は、私のお気に入りの場所だった。遊ぶものもないし、キラキラ光る貝殻もない。だけど、窓から見える景色だけは特別に美しかった。小さな格子窓の取手を握って、私にはまだ重たい扉をぐっと押し開ける。窓は小さく雄叫びをあげる。


 時計はもう真夜中を回りそうだった。夢も見ず、ただ瞼を閉じていた私は眠れない夜を過ごしていた。

 窓を開けると、夏の夜を感じさせる微風が部屋の中へ訪れる。私の髪に優しく触れる風は、どこか嬉しそうだった。

 空を見上げると、満点の星空がそこにあった。織姫と彦星が今にも出会えそうな天の川が、私を包み込もうとしていた。


「お星様、お星様」


 私は真上に広がる無数の星々にそっと話しかけてみた。けれど彼らが私の呼びかけに応えることはない。それでも私は諦めずに話を続けた。


「私に、輝かしい明日をください」


 私は胸元で両手を絡み合わせそう願った。暗闇を大いに照らす満点の星々が私を見つめていた。だから私も彼らを眺め続けた。彼らは時折強く光らせながら、私の頬を冷えさせた。

 ほんの少しでも良かった。”人並みの幸せ”が感じられる一日を過ごしたいと、私は願っていた。

 しかしいくら待てど、彼らの声が聞こえてくわけではなかった。時計の針が時を刻む音だけが響いていた。ただ、そんな時間が私にとって、とても大切で幸せだった。



 どのくらいの時間が経っただろう。少し肌寒く感じて、私は力のこもった両手をほぐして口を覆った。ほうっと放たれた暖かい息に身を預ける。それからもう一度だけ、星空を見上げた。肌を透かすほどに透き通った空気に、私は思わず笑みが溢れた。


「おやすみ」


 窓を閉めきる前にぽつりと放った一言は、柔らかな夜風に乗せてふわりと溶けていった。

 古臭い薄い布団に身をくるみ、私はそっと瞼を閉じた。今度は瞼を閉じるだけでなく、明日までの残り時間が楽しくなる夢を見て。

 

 少女が深い深い眠りについたとき、空に浮かぶ数億もの星々は強く光り輝いた。そして一つ、星が落っこちた。それは少女の夢に入り込むように、静かに消えていった。

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