夢を歩く、青春の扉
大学。変人の集まり。平凡な日常。狭い歩幅で進んでいく夢への道。そんな毎日の中で出会った一冊の本。一本の映画。それは自分の世界を、大いに照らし輝かせた。
午後一時過ぎ。構内の広場には沢山の生徒が行き来している。広場の中心にある噴水は、まるで外国の観光地のようにも見える。きっといくつかコインが沈んでいる、と歩きながら考える人も少なくないだろう。そんな噴水のそばに、投げ捨てられたように置かれたボロ臭い冊子。
「なんだこれ」
日焼けした色の紙の束。手に取った際にちらりと見えたのは濃い鉛筆で書かれた文字。噴水から弾かれる水滴を浴びながら、その冊子を拾ったのはある大学生。健康的な肌色に清潔感のあるパーマで頭を覆い、人よりも少し高めの身長が目立つ。いつから使っているのか、とつっこみたくなるくらいにしなしなのリュックを右肩だけで背負っている。
「小説?」
彼は何度も開かれた跡の残るページを、一枚一枚めくっていった。そこには、一人の少年の心の成長が描かれていた。細かい描写、繊細な文字列。彼は一瞬でその物語の世界に潜り込んだ。
「あの……それ」
「……え、あ、これ?」
「うん、それ私の」
翌々日、英会話の授業で彼に話しかけたのは、自信なさげに下ろした長い髪で視界を狭め、文庫本を二冊手に持った眼鏡女子。いかにも文学生という感じの彼女は、眉間に皺を寄せていた。
「ってことは……これ、君が書いたの?」
彼女は、更に皺を寄せて「まあ……」と呟いた。
「暇があればあの本読んでるくらいに、君の物語に惹かれたんだ」
「……それより、まずは自己紹介からじゃない?」
放課後、二人は近くの小さなカフェで向かい合っていた。運ばれてきた珈琲に指をかけて、彼女は苦笑いを浮かべた。
「あ、そうだよね、ごめん。俺、古谷祥太。今三年生」
「倉橋麗菜。私も三年生。よろしくね」
麗菜は彼と同じ量の自己紹介を済ませ、まだ熱い珈琲を口に入れる。
「俺さ、映画作りたいんだ。それで、どんなものにしようかって悩んでたときに君の本を拾って……映画にしたいって思った」
「映画監督になりたいの? それとも趣味?」
「夢だよ。誰かに影響を与えられるような映画を作りたい」
彼の真剣な眼差しに、麗菜は口角を上げた。
「私で良ければ協力する。私も……小説家になるのが夢だから」
彼女の言葉に、祥太は瞳を輝かせ右手を差し出した。二人は握手を交わし、夢と、好きな作品と、お互いについてを語り合った。気づけば、珈琲は冷めきっていた。
演劇部に所属していた祥太はエキストラを募集し、友人の繋がりから撮影班や衣装班を集めた。文芸部に所属していた麗菜は、今まで隠していた作品を顧問に見せ推敲してもらった。顧問は彼女の作品を素晴らしいと評価してくれた。
「なぜ今まで見せなかったんだ」
「……なんとなく、自信がなくて」
「君なら、立派な小説家になれる」
映画製作は思った以上に大変で、あらゆる試行錯誤が課題にあげられた。祥太は、そんな時ほど活き活きとした顔で指示を出し続けた。麗菜の作った世界は、彼の手によって少しずつ映し出され、鮮明に浮かび上がった。
渾身の映画が出来上がったのは、翌年の九月。祥太はそれをコンクールに応募した。
そうして、卒業式の一週間前。コンクールの結果が届き、二人で目を通した。
「嘘だろ……グランプリだ! やった、取ったぞ!」
嬉しそうにはしゃぐ彼の横で、麗菜は声を出さずに涙を流していた。二人はすぐに制作に関わってくれた者達へ報告した。
卒業式当日の夜、パーティーが開かれた。終盤、二人は賑わう会場を抜けて寒空の下地面に座った。
「私、今年新人賞に応募しようと思うの」
「そうか……きっと大丈夫だ。君は素敵な作品を書く」
「ありがとう。あなたのおかげで、一歩踏み出せた」
彼女が微笑みながらそう言うと、祥太はほんのり顔を赤くした。
「私はずっと、祥太くんの一番のファンでいたい」
続けて、彼女が呟いた。少し恥ずかしそうにする彼女は、月明かりに照らされて美しかった。
「俺は、今までもこれからも、麗菜ちゃんの一番のファンだよ」
彼の言葉に、麗菜は顔を上げる。二人は見つめ合い、時間がゆっくりと過ぎていく。夜風が二人の髪を撫で、そっと寄り添わせた。コテージの中から聞こえる皆の声を背に、二人はお互いの唇に触れた。
二人の新たな青春が、今幕を開けた。
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