第10話 前紡は体育会系
「寝るなぁ‼エル‼」
「寝たら死ぬにゃあ‼」
なんか、朝のこの茶番、すでに恒例になってきた。
金髪エルフ美少女を揺さぶりながらの大騒ぎ。
あと、ニア、そのセリフ、どこで覚えたの?
いやいや、マジ寝起き悪いよ、エルさんや。
夜の内に(つまり寝ぼけていない内に)本人に聞いたところ、基本寿命の長いエルフは気ままだそうだ。寝たければ2日でも3日でも寝る。働きたければ寝ないで働く。それも器用さを生かして楽器を作ったり、狩りに出かける人がいたり、本人の好きなことしかしない。今は村に農業を好む人がいるからいいが、いなければ楽器や工芸品を売って現金にして食べ物を買う。
『よくそれでやってきたなぁ』と思う。そら、悪天候一発で娘を奴隷に出す羽目になるわ。
しかも、エルも、ついでにニアもだが、布団にもぐって寝るタイプ。バッキバッキに寝癖がつく。
朝から元気なニアは、自分で完璧に直すのだが、
「エル‼動けぇ‼」
直さないと(社会的に)死ぬぞ。
『金髪寝癖エルフが見れるなんてラッキー♡』くらい思わないと(逃避)やってられない。
なんとか動かないエルフ娘の身支度が整ったころ、
「ミサト…」
「ん?」
「寝癖。」
少し目が覚めてきたエルに指摘された。
私もかーい‼
その後食堂に行って、それぞれの職場に分かれた。
エルが織布、ニアが後紡、私は今日から前紡である。
『ぜんぼう』と読む。綿花から糸に紡ぐ前の粗糸を作る工程らしいが、果たして私に出来るのか…
「すいません。今日からここに行けって言われたんですけど。」
指定された工場の扉を開けると、
「え?」
そこは、学校で柔道部の道場に迷い込んだような、レスリング部に入ってしまったような、超絶体育会系な光景が広がっていたのである。
は?
バッタンバッタン音を立て、少女達が暴れている。
手に手に枝を持っていて、それを地面に打ち付けるようにして綿を採る。
綿花を採取するという、布を織る最初の工程なのは想像つくが…
なんでここだけ前近代的なの?今まではせめて工場制手工業だったじゃん?
なんで人力?機械化しないの?
疑問が止めどなく溢れて、呆然と、それこそポップコーンみたいに暴れて綿花を外す少女達を見ている内に気が付いた。
私は身長163センチある。平均より若干高めで、ニアも同じくらい。エルだけ少し小さく155センチくらいかな?
でも、目の前ではね飛んでいる彼女達はかなり小さい。130から140センチくらいしかなく、見かけは元気な小学生だ。
あ‼この人達ドアーフだ‼
ドアーフと言えば、鍛冶仕事が得意で手先が器用、プラス力持ち。身長は小さめで、人族より長生きなイメージだが、髭のおじさんばかりがクローズアップされていてももちろん女の子もいるもんね。
なるほど。
なら年下にしか見えない先輩方だが、おそらく確実に年上だろう。
でも、なんでこの工場だけ?
機械化されない疑問は、少し落ち着き全体を見回して理解した。
ああ、カナン、優しいなぁ。
工場にはドアーフ娘達が暴れ回って綿を外す以外に、その綿を拾い集めて手作業でゴミを取り除き、櫛をかけるように整える集団がいた。
この工場に来て初めて見た。中年以上、老人もちらほらの人族だ。
寿命の長い種族が同居している世界で、幼女と年頃の女性しか見てこなかったが…
幼女も年頃の女性も、本当に若いわけではない。見かけ上だし、カナンなど300歳超えらしいし。
けど、人族は確実に年を取る。
どういう経緯で『奴隷』になったかはわからないが、年々衰えていく、けれど決して解放されない彼女らのために、効率度外視で経営しているのが前紡だ。
そういうことか…
察しがついて、呆然と立ち尽くす私に、
「やあ、新入り」と声をかけてくれたのが、さっきまでポップコーンみたいに飛び回っていたドアーフのリンナさん。
140センチに満たないが、全身バネのような締った体躯。茶髪で青目、ちょっと勝気な生意気な小学生に見える、62歳。
ちなみに彼女らもニア達と同じ、300年くらい生きるそうだ。
「で?どっちやる?」と笑顔で言われ、
「はい。じゃ、こっちで」と、綿花のついた枝を持った。
一応19歳だ。
年配者用のお仲間の仕事は奪いたくない。
体育も自信は無いが、枝をふるって暴れるくらいなら出来るだろう。
極度の疲労と筋肉痛でこの判断を後悔するのは…
数時間後の話である。
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