第4話 経営者は亜神様

 アルハイムは、昨年ひどく凶作だったらしい。

 雨が多く、寒かった。穀物や野菜の成育状況も悪く、いつもなら森の恵みに頼ることもできたが、魔物が活性化しているためそれも叶わず。

 結果、いくつもの村が食糧不足に陥ったのだ。

 アルハイムはそれなりに広い。

 作物が実った場所もある。

 足りない食料は先立つものさえあれば手に入るが…

 明日の食料に事欠くなら、金銭的余裕だってない、当然だ。

 「で、こういう時は奴隷になるんにゃ‼誰かが30年くらい働けば、村が次の収穫まで助かるなら、大抵はそうするにゃ‼」

 勢い込んでニアが喋る。

 いや、だいぶ私に懐いたな、この子。

 一生懸命、キラキラの目で教えてくれる。

 目的地である北の果てまで、最終日の馬車旅である。

 「まあ、困った時は奴隷なんだってのはわかったけど。何やるの、ニア?」

 訳知りらしいので尋ねてみると、いや、多分ニアはわかっている。わかっているけど表現出来ないらしく、

 「えっと…こう、指先で、こう…」と、ひたすら困る。

 困られても、分からない。

 こっちも困って、

 「うう、分からない…でも、ありがと、ニア」と、頭を撫でた。

 さらっさらの髪の毛と、ふわっふわの猫耳が同時に触れて、指が極楽。

 「うへへ」と、ニアも嬉しそう。

 そしてそんな会話の間中、エルは私の横にぴったりくっついて座っていた。

 実はこれには理由がある。

 ニアも馬車旅が始まった時、ダウンやエプロンを尻に敷いた私達を見てすべて納得、ベストを脱いで下に敷いた。

 この世界の女性の衣装、スカート(丈はまちまち)にブラウス、そこにベストを合わせている。

 で、最後に馬車旅に参加したエルだったが、彼女、ベストが脱げなかったのだ。

 日本より暖かかったが、アルハイムも今は冬。猫獣人のニアはブラウス1枚でも余裕だが、エルは無理だ。細いし色白だし、基本寒いのは苦手かもしれない。

 私はダウンを広げて置いた。

 「おいで、エル。」

 手招きすると素直に従い、体の横をぴったりくっつけ今に至る。

 それだけ寒かったのか、私に慣れたのかはわからない。

 「ずるいにゃ‼エル‼」と、騒ぐニアを適当にあしらう。

 「特殊能力、人たらしは書いてなかったですか?」とアンさんがからかってきたけど…

 気にしない。

 夕刻、やっと目的の場所に着いた。

 アルハイムの北の町、スノタウン。

 目の前には何棟もの建物が並ぶ、工場みたいな空間があった。

 その背後には高い塀。

 「あれは町と森を分ける塀です。あの向こうには魔物が出ます」と、アンさん。

 私は、決して出ないことを誓った。

 馬車から降りて数分待つと、

 「ああ、来たのね」と、関係者らしき人物が来る。

 幼女、来たぁ‼

 私たちを迎えに来たのは、小学校1年生くらいの小さな女の子。

 真っ赤に燃える髪に、深緑の瞳が印象的な美少女だった。

 「アシン様にゃ」と、ニア。

 「亜人?」

 「違う。」

 「亜神、神様にゃよ。」

 亜神である少女の名前は、カナン・ガラン。

 多分、当然?

 「亜神様は何歳なん…」

 尋ねた瞬間、ニアに、アンさん、普段おとなしいエルまでが一斉に私を抑える。

 アンさんに口をふさがれた。

 「すいません‼亜神様にとんでもないことを‼」

 私の代わりに謝るアンさんに、

 「ああ、よいよい。こやつだろう?召喚者ってのは。」

 カナンが鷹揚に答えてくれた。

 「わしはカナン・ガラン。この世で3000年修行して天界の神となる。今301歳じゃ。」

 301歳?

 でも寿命から換算すれば、10歳の幼女だ。

 300年近い経験値を積んだ幼女って…

 性癖歪みそうだな。

 「わしは神の端くれじゃが、実際天界に行くまでの2700年は人の世で過ごす。人の世にいる以上、楽はしたいし、大儲けもしたいからな。」

 なんだかすごい宣言をしたカナンに私達を預け、とんぼ返りで王都に戻るアンさんに、私は脱いだダウンを渡した。

 「これは?」

 「思ったより寒くないし、使うでしょ?」

 連続6日馬車に揺られれば、もう血が滲むかもしれない。

 他人の尻を心配する私に、

 「やっぱり結構な人たらしですよね」と、アンさんが笑った。

 馬車を見送った後、スノタウンでの毎日が始まる。

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