ライフルを突き付けられた僕達は、白崎部長の指示に従い、屋上へ向かう。


 春日さんは蹴られた腹を押さえながら凄まじい形相で白崎部長を睨んでいた。そんな春日さんに黒原さんは何かを囁く。おそらく、早まった行動をしないように諭したのだろう。

 春日さんは表情を変え、大人しくなる。

「勝也さん、鍵を開けてください」

「わ、分かりました」

 部長の指示に従い、勝也さんは屋上の鍵を開けた。

 屋上に出ると、眩しい太陽の光に照らされる。いつの間にか朝になっていた。

 部長は僕達に屋上を進むよう指示する。端まで歩くと、部長は僕だけ他の四人から離れるように言った。僕は大人しく部長の言葉に従う。

「それじゃあ、黒原さん。まずはそのトレイルカメラを捨ててもらおうか?」

 あのトレイルカメラには、白崎部長が伊達さんを殺すための準備をしている様子が映っている。

「さぁ、早く」

「分かりました」

 黒原さんはトレイルカメラを屋上から投げ捨てた。地面に叩き付けられたトレイルカメラが音を立てる。その音に、下をうろついていたツキノワグマ達が反応した。

 ツキノワグマ達は一斉に屋上を見上げる。

「よし、じゃあ次はこれだ」

 白崎部長はポケットから、二枚の紙と地下室にあったマッチを取り出す。

 一枚目の紙には『薬は外に捨てた。探してみろ』と書かれており、二枚目の紙は鉛筆で黒く塗りつぶされ、『薬は外に捨てた。探してみろ』という文字の筆跡痕が浮かんでいる。

 白崎部長は二枚の紙を地面に置くと、片手でライフルを持ったまま、もう片方の手でマッチに火を点け、二枚の紙を燃やした。

 二枚の紙はあっという間に灰になる。

「これで、証拠は無くなった。さて……」

 白崎部長はニコリと微笑む。


「雨音君以外の四人はそこから飛び降りてくれ。でなければ撃つ」


「なっ!」

 屋上の高さは十メートル以上あり、下にはツキノワグマの群れがうろついている。飛び降りれば確実に命は無い。

「部長!」

「雨音君はそこを動くな!」

 白崎部長は銃口を四人に向けたまま叫ぶ。

「一歩でもそこを動けば、四人を撃つ!」

「——くっ!」

 部長は本気だ。僕が少しでも動けば、容赦なく四人を撃つだろう。

 だけどこのままではどの道、四人は死ぬ。どうすれば……。

「どうするつもりですか?」

 綺麗な声が白崎部長に向けられる。

「私達四人を殺した後、貴方は雨音さんをどうするつもりなんですか?」

 黒原さんの問いに、白崎部長は嗤いながら答える。

「君達四人に死んでもらった後は、私と雨音君は二人だけで救助される。そして、私は雨音君と結ばれるんだ」

「な、何を?」

 耳を疑った。部長は事件の証言者を消して、罪から逃れようとしているのか?

「しかし、雨音さんが生きていれば貴方がやった事を証言しますよ?そうなれば、貴方は逮捕され、雨音さんとは離れ離れになりますが?」

「君達四人が居なくなれば、証言者は雨音君一人だけになる。証拠も消えた今、雨音君一人の証言がどれだけ信じられるかな?こんな異様な状況だ。

 部長は僕の証言を妄想だと言い切るつもりなのか?

 そんな言い訳が通るはずが無い!

「万が一、貴方が逮捕されなかったとしても、雨音さんが貴方と付き合う事はあり得ません」

「そうだね。人を殺した私を雨音君は許さないだろう。だけど、諦めなければ奇跡は起きるかもしれないよ?何度も、何度でも気持ちをぶつければ、いつか雨音君は私を好きになってくれるかもしれない」

 白崎部長は僕を見て優しく笑った。その笑顔に背筋が凍る。

「何もしなければどの道、私は逮捕され雨音君と離れ離れになる。だったら、どんなに可能性が低くとも、奇跡に賭けてみるさ」

 部長はライフルを構えながら、一歩前に出る。

「さぁ、最初は誰が飛び降りる?それともライフルで撃たれた方が良いかい?私としては自分から飛び降りてくれた方がありがたいんだけどね。弾を無駄にしなくて済むから」

「ひっ!や、やめて!撃たないで!」

 田沼さんが震えながら懇願する。

「私は貴方が犯人だなんて誰にも言わない!だ、だから助けて……」

「わ、私もです!決して口外しません!」

 田沼さんに続いて勝也さんも懇願する。しかし、白崎部長はその懇願を無視した。

「十秒以内に飛び降りて。でないと誰かを撃つ。十、九、八……」

「い、嫌あああ!」「ひいいい!」

 田沼さんと勝也さんはガタガタと震えて動けない。そうしている間にも、カウントダウンは進んでいく。

「五、四、三、二、一……」

 部長は引き金に指を掛ける。

「部長、やめ……」

「待ってください」

 黒原さんが口を開いた。

「どうしても撃ちたいというのなら、私を撃ってください」

 黒原さんは少しだけ右に移動した。その位置なら銃弾が黒原さんの体を貫通したり、外れたとしても他の人間には当たらない。

「さぁ、私を撃ってください。その代わり他の皆さんは助けてください」

 黒原さんは自分の胸に手を当てた。間違いない。黒原さんは自分を犠牲にして、皆を助けようとしている!

「駄目だ!黒原さん!」

「良いんです。雨音さん」

 黒原さんは、ニコリと微笑む。

「雨音さんが私を救ってくれたように、私も誰かを助けたいのです」

「黒原さん……」


「さようなら。雨音さん、貴方に会えて良かった」


 黒原さんは静かに目を閉じる。一方、黒原さんと僕の会話を聞いていた白崎部長は怒りで全身を震わせていた。

「私の……」

 白崎部長は黒原さんに銃口を向ける。

「私の雨音君と親しく話すな!」

「やめろ!」

 僕は叫んだ。だけど、白崎部長はなんの躊躇もなく引き金を引いた。まるで落雷のような轟音が周囲に響く。

 ポタポタと地面に血が落ちた。


「ガッ⁉」

 血を流したのは黒原さんではなく、白崎部長の方だった。

 白崎部長が持っているライフルの銃身は、まるで花のように裂けている。

「暴発?」

 原因は分からないが、どうやらライフルが暴発したらしい。部長が額から血を流しているのは、ライフルが破裂した際、何かの部品が直撃したからだろう。

「ぐっ……ううっ……」

 衝撃で軽い脳震盪でも起こしているのか、白崎部長の足はふらついている。

 その時だ。よろける部長に向って春日さんが走った。

「うおおおおおおおお!」

 春日さんは白崎部長の腰に両腕で組み付くと、そのまま部長を押していく。

「くっ、は、離……」

「うおおおおお!飯田の仇だああああ!」

 春日さんは白崎部長を反対側の隅にまで追いやった。だけど、春日さんはスピードを全く落とさない。まずい、このままじゃ!

 気付いたら僕は走り出していた。だけど、スタートが遅れたせいで二人に追い付けない。

 白崎部長と春日さんはそのまま空中に放り出された。落ちていく二人に向かって僕は必死に手を伸ばす。だけど、間に合わない。鈍い音と共に、地面に叩き付けられた。

 別荘の周囲をうろついていたツキノワグマ達が屋上から落ちてきた人間に素早く反応する。ツキノワグマの群れは、空から降って来たご馳走に群がり、瞬く間に食い尽くしていった。

「うわあああああああ!」

 助けられなかった。あと数センチ手を伸ばしていれば助けられたのに。

「わああああああ、うわああああああ!」

「雨音さん……」

 泣き叫ぶ僕の背中に黒原さんがそっと手を置いた。


「ねぇ、何か聞こえるよ」

 田沼さんが叫ぶ。

 耳を澄ませると、確かにバララララという音が上から聞こえた。全員が上に視線を向ける。

 プロペラを回転させながら浮かんでいるそれは、紛れもなく救助ヘリだった。

 ヘリに乗っていたレスキュー隊員が拡声器越しに「大丈夫ですか?今、助けます」と叫んだ。ヘリはそのまま屋上に着陸する。

 やって来たレスキュー隊によって、生き残った僕達は全員救助された。


 こうして『月辺島』での地獄のような数日は幕を閉じた。 

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