「では、まず白崎さんが使ったトリックから説明します」


 そして、黒原さんは自分の推理を語り始めた。

「最初は山本さんの事件です。壺が割れる音を聞いて一階まで下りた私達は、外でツキノワグマに食べられている山本さんの死体を発見しました。ツキノワグマに襲われ、外まで連れ去られたのかと思われましたが、玄関ドアには鍵が掛かっており、他の出入り口にも鍵が掛かっていた点から、山本さんを殺したのはツキノワグマではないと分かりました。では、人間が犯人か?という事になりましたが、一階で壺の割れる音が聞こえた時、全員が二階に居たため、山本さんを殺せた人物は居ないように見えます。しかし、ある仕掛けを使えば、二階に居ながら一階の壺を割る事が可能なのです」

 黒原さんは上を指差す。

「犯人は、中央が窪んだ壺と丈夫なロープ。氷と大きな容器を用意し、脚立を使ってそれらをシャンデリアの上まで運びました。そして、ロープの片方の端をシャンデリアのアーム部分にきつく結び、もう一方の端を容器の中に入れ、さらにその上から氷を入れてロープの重しにしました。最後に、壺をシャンデリアの上に傾けた状態で置き、ロープの中心に引っ掛けて支えれば準備は終わりです。時間と共に容器の中の氷は溶けて壺を支える力は失われ、やがて床に落下します。後は壺が落下して割れるまでの間、二階に居ればアリバイが完成する。という訳です。シャンデリアに仕掛けは残りますが、あのシャンデリアはアームと電球が多くて下から見えにくい上、心理的な死角にもなっています。シャンデリアに上がらない限り、気付かれる事は無いでしょう」

 驚いた。黒原さんの推理は、白崎部長から聞いていた推理と全く同じだった。

 その後、黒原さんは飯田先輩と伊達さん殺害についても話してくれたけど、それも白崎部長の推理と同じだった。

 違うのは、トリックを使った人物。

「今言ったトリックを、白崎部長がしたと?」

「そうです」

「証拠は……あるんですか?」

「あります」

 迷い無く、黒原さんは言い切った。

「これをご覧ください」

 黒原さんは棚の引き出しから、ある物を取り出す。それは手のひらサイズのカメラだった。僕はそのカメラに見覚えがある。

「それって、確か……」


「はい、『トレイルカメラ』です」


 そうだ、思い出した。岸辺さんを探しに森に入った時、地面にこのカメラが落ちていた。その時、伊達さんに教えてもらったんだ。このカメラは生き物の熱に反応して自動で動画を撮影するって。

「このトレイルカメラは、伊達さんにお借りした物です」

「伊達さんに?」

 僕は「あっ!」と声を出した。

「もしかして、山本さんが亡くなった後、伊達さんに借りたのって……」

「はい、このカメラです」

 あの紙袋の中には、トレイルカメラが入っていたのか!

「森の中で見付かった岸辺さんのトレイルカメラは残念ながら壊れていましたが、もう一台、伊達さんが持っていました。岸辺さんのトレイルカメラが発見された時、伊達さんは『今回の調査では、森に二か所設置する予定だった』とおっしゃっていたので、ひょっとすると、もう一台トレイルカメラがあるのではないかと思ったのです。それで、伊達さんに尋ねると、やはり伊達さんもトレイルカメラを持っていました。私は伊達さんに頼んでトレイルカメラを借り、それを厨房に仕掛けたのです」

「どうして、厨房に?」

「犯人はアリバイトリックのために、厨房の製氷機で作られた氷を利用しました。また何かしらのトリックを使う場合、もう一度、厨房にある物を利用するかもしれないと考えたからです。犯人が厨房でトリックの準備をしている場面を撮影出来れば、それが証拠になりますから」

 黒原さんは厨房に仕掛けておいたこのカメラを先程、回収したのだと言った。

 僕はゴクリと唾を飲む。

「それに……何か映っているんですか?」

 黒原さんは頷く。

「白崎さんは飯田さんを殺害した後、彼女の部屋からチョコレートを盗み、その中に入っていたナッツを取り出してペースト状にし、伊達さんの殺害に使いました。しかし、ナッツを完全にペースト状にするには、人の手では時間が掛かります。そこで、白崎さんはある機械を使ってナッツをペースト状にしました」

「ある機械?」


「ミキサーです。白崎さんはミキサーを使ってナッツをペースト状にしたのです」

 黒原さんはそう言うと、トレイルカメラの映像を再生する。


 時刻は深夜、映像はモノクロだったけど、そこに映っていたのは間違いなく白崎部長だと分かった。懐中電灯を片手に厨房へ入って来た白崎部長は、周囲を警戒するように見渡した後、ポケットからティッシュのような紙を取り出し、それに包んでいた物をミキサーに入れ、スイッチを押した。ミキサーは大きな音を立てながら、回り続ける。数分後、部長はミキサーを止めて中身を容器に移した。それからミキサーを洗って元の場所に戻すと、部長は厨房を後にする。


「これが、白崎さんが犯人だという証拠です」

 黒原さんはトレイルカメラの映像を切る。

「白崎さんは厨房のミキサーを使いナッツをペースト状にしました。そして、それを伊達さん殺害の凶器として使用したのです」

 頭が真っ白になりながらも、僕はなんとか声を絞り出す。

「いや、でも……これだけじゃ証拠にならないんじゃ……そうだ、何か別のものを作ろうとしたのかも……」

「では何故、電気を点けなかったのでしょう?」

「そ、それは……」

「トレイルカメラは暗闇で撮影した映像が、カラーで映るタイプとモノクロに映るタイプの二種類あります。このトレイルカメラは後者で、暗闇の中で撮影したものは、モノクロになります。先ほどお見せした映像はモノクロでしたし、白崎さんは懐中電灯を手にしていました。間違いなく、白崎さんは暗闇の中でこの作業をしていたのです。何故、電気も点けずに暗闇で作業をしていたのでしょうか?人に見られてはいけない事をしているという自覚があったからでは?」

 僕は言葉に詰まった。黒原さんの言う通り、何もやましい所がなければ、電気を点けて作業をすれば良い。だけど、白崎部長は人の目を気にするかのように電気も点けず、常に周囲を警戒していた。まるで見付かってはまずい事をしているかのように。

「ま、待ってください!白崎部長は今、僕と一緒に事件を調べています。部長が犯人なら、どうして自分が起こした事件を自分で調べるような事をするんですか?」


 別荘で起きた最初の事件。山本さんの死体が発見された時、山本さんはツキノワグマに殺されたかと思われた。

 だけど、白崎部長が玄関ドアの鍵が掛かっている事を指摘したから、山本さんはツキノワグマに殺されたんじゃないと分かったんだ。あの時、部長が何も言わなければ山本さんの死はツキノワグマの仕業と思われたままだったかもしれない。

 飯田先輩の事件や伊達さんの事件だってそうだ。最初は『自殺』だと思われていたのに、部長は『殺人』の可能性があると指摘した。

 もし、部長が犯人だとするなら、事故や自殺だと思われていた事件を『殺人事件』として調べたりするだろうか?

「確かに、白崎さんが犯人だとすると矛盾した行動に見えます。ですが、その行動に理由があるとすればどうでしょう?」

「理由?」

「白崎さんはおそらく、最初からこの別荘で起きた事件を『事故』または『自殺』で片付けさせるつもりは無かったのでしょう。白崎さんは——

「そ、それって……」

「はい、『自作自演』です。白崎さんは自分で事件を起こし、自分の手でそれを解決したかったのではないでしょうか?」

 僕は大きく目を見開く。

「なんで、部長がそんな事を?」

「それは分かりません。ですが、自作自演と考えれば、白崎さんが積極的に事件を捜査している理由にも説明が付きます」

「……ッ」

 再び言葉に詰まる。白崎部長が三人を殺した犯人?そんな、そんなはず……。

 僕はトレイルカメラに映っている部長を見る。

「でも……やっぱり、これだけで白崎部長が犯人だなんて……電気を点けなかったのにも何か理由があったのかも……それにモノクロだからミキサーに入れたのがナッツだって、ハッキリ分からないですし……」

 声が裏返る。僕は必死に白崎部長が犯人ではない理由を探していた。

「そうですね」

 黒原さんは頷く。

「でしたら、もっと決定的な証拠をお見せします」

「決定的な証拠?」

。それなら、雨音さんも白崎さんが犯人だと信じるでしょう」

 思わず耳を疑った。殺人の瞬間を見せる?

「……誰が白崎部長に殺されるっていうんですか?」


「私です」


 黒原さんは自分を指差す。

「白崎さんはこれから私を殺そうとするでしょう。その瞬間をお見せします」

 僕は目を皿のようにした。

「ど、どうして。なんで部長が黒原さんを殺すんです?」

「事件を終わらせるためです」

 黒原さんは淡々と言う。

「白崎さんの最終目的が『自分で起こした事件を自分で解決する』だとすると、何らかの形で事件を終わらせようとするはずです。そして、それは『誰かを犯人に仕立て上げる』という方法を取る可能性が最も高い。自分以外の誰かを犯人に仕立て上げ、その人物を事故や自殺に見せかけて殺害する。これで事件は終わります」

 誰かに罪を着せ、その人物を事故や自殺に見せかけて殺す。それは部長が大好きなミステリーで真犯人が良く使う手段だ。

「……黒原さん、さっき言いましたよね。『白崎さんは私を選んだ』って、あれは……」

「白崎さんは罪を着せる生贄に私を選んだ。という意味です」

 やっぱり、そうだったのか。

「どうして、部長が黒原さんに罪を着せようとしていると?」

「雨音さんが、メモホルダーごとメモ用紙を貸して欲しいと頼まれたからです」

 黒原さんは柔らかく微笑んだ。

「この別荘で誰かに罪を着せようと思ったのなら、その方法は二つ。部屋に何かを仕込むか、部屋にある物を持ち出して細工するかです。どちらの方法を取るにしても相手の部屋へ入る必要がありますが、信頼している人間でないと、相手は警戒して自分の部屋の中に入れてはくれません。ですので、もし、白崎さんが私に罪を着せようとするなら、必ず雨音さんを利用するだろうと思っていました。雨音さんでしたら私も警戒を緩め、部屋の中に入れるはずだ。そう考えるだろうと思ったのです。私が雨音さんに好意を持っていると、白崎さんはご存知の様子でしたから」

 僕は頭を抱える。白崎部長は僕に黒原さんの部屋からメモ用紙とメモホルダーを持って来て欲しいと頼んだ。それに黒原さんが犯人であるという証拠が残っているからだと。


 だけど、違ったのか?黒原さんの言う通り、白崎部長は黒原さんに罪を着せようとして、メモ用紙とメモホルダーを持って来て欲しいと頼んだのか?


「仮に……仮に白崎部長が犯人だとして、メモ用紙とメモホルダーでどうやって黒原さんに罪を着せるんですか?」

「おそらく、筆跡痕です」

「筆跡痕?」

「重なった紙に文字を書けば、下の紙には筆跡痕が残ります。伊達さんの部屋で見付かった紙に書かれていた『薬は外に捨てた。探してみろ』という文字。その文字を書いた時に出来た筆跡痕が私の部屋のメモ用紙に残っている。と、白崎さんは主張するつもりなのでしょう」

「で、でも伊達さんの部屋に落ちていた紙が、黒原さんの部屋にあるメモ用紙の束から千切られたものじゃなければ、筆跡痕なんて出ないのでは?」

「おそらく、

 僕の質問に黒原さんは間髪入れずに答えた。

「白崎さんが自分の部屋に置いてあるメモ用紙の一番上の紙に『薬は外に捨てた。探してみろ』という文字を書いてそれを千切り、伊達さんの部屋にある棚の引き出しに入れたのだとするなら筆跡痕は当然、白崎さんの部屋にあるメモ用紙に残っているはずです。。私が泊っている部屋番号は二〇五号室。この別荘にあるメモホルダーに書かれている番号は全てそのメモホルダーが置いてある部屋番号と同じですから、『二〇五』と書かれているメモホルダーに収納されたメモ用紙から『薬は外に捨てた。探してみろ』という筆跡痕が出れば、私が犯人だと思わせられる。というわけです」


 それなら黒原さんが犯人だと皆が思うだろう。何も知らなければ、きっと僕だって黒原さんが犯人と思っていたに違いない。

「私の予想では、メモホルダーとメモ用紙を受け取った白崎さんは、雨音さんに『事件の謎が分かったので、皆を呼んで来て欲しい』と頼むはずです。一人になった白崎さんはその間に、あらかじめ隠し持っていた自分の部屋のメモ用紙と私の部屋のメモ用紙を入れ替えるつもりでしょう」

 部長が「犯人が分かったから皆を呼んで来てくれ」と言えば、僕はなんの疑問も持たずに指示に従うだろう。メモホルダーからメモ用紙を外して入れ替える作業は十秒もあれば出来る。皆が集まる頃には、入れ換えはとっくに終わっているはずだ。

「皆さんが集まれば、白崎さんは事件の推理を披露するでしょう。そして、メモ用紙に残っていた筆跡痕から犯人は私——黒原だと名指しするはずです。私に罪を着せた後は、犯人を拘束するという名目で地下室に閉じ込め、皆さんが寝静まった頃にそっと、私を殺害。死体を外に捨て、ツキノワグマに食べさせるつもりです。そうすれば、『地下室から抜け出し、外に逃げた犯人がツキノワグマに襲われて死んだ』ように見えますから」

 未来を話す黒原さんは、まるで預言者のようだった。

「さっき、言っていた白崎部長が人を殺す瞬間を見せるっていうのは……」

「はい。白崎さんが地下室で私を殺そうとする場面を見て欲しいのです。ご安心を、みすみす殺されるつもりはありません。私はマネキンと入れ替わっておきます」

「マネキンって……地下室にあったあのマネキンですか?」

「そうです。幸いにも、あのマネキンは身長や髪型、服装までも私と酷似しています。薄暗い地下室の入り口から背を向けて立たせておけば、白崎さんはマネキンを私だと思い、殺そうとするでしょう。おそらく地下室に血を残さないために、絞殺という手段を取ると思います」

 すると、黒原さんは僕に「頼みたい事があります」と言った。

「私が地下室に閉じ込められた後、春日さん、田沼さん、勝也さんにも私の話を伝えて欲しいのです」

「……他の三人にも白崎部長が黒原さん——正確に言えば黒原さんに似たマネキンを殺そうとする瞬間を見せたい。と?」

「その通りです」 

「今から伝えるのは駄目なんですか?」

「あらかじめ伝えてしまえば、演技をしていると白崎さんに気付かれる危険があります。そうなれば、警戒して地下室に閉じ込めた私を殺しに来なくなるかもしれません。ですので、他の三人に伝えるのは私が地下室に閉じ込められた後にして欲しいのです」

 黒原さんが地下室に閉じ込められているなら、白崎部長以外の三人に黒原さんの言葉を伝えられるのは僕しか居ない。


 だけど、僕は——。


「雨音さんが迷われるのも無理はありません。白崎さんは雨音さんにとって、大切な方でしょうから」

 そう言うと、黒原さんは僕に『二〇五』と書いてあるメモホルダーとメモ用紙、そして鉛筆を渡した。

「警察では筆跡痕を解析するために機械を用いますが、鉛筆で紙を黒く塗る方法でも筆跡痕を浮かび上がらせる事が出来ます。雨音さん。此処でそれをやってみてください」

「此処で……ですか?」

「はい、お願いします」

 僕は鉛筆を横に寝かせ、メモ用紙の一番上の紙を塗った。紙はすぐに黒くなる。

 だけど塗り終えても、メモ用紙には何の筆跡痕も浮かんでこなかった。

「御覧の通り、私の部屋にあったメモ用紙に筆跡痕は残っていません。ですが、もし

「——ッ」

 息を呑む僕の前で、黒原さんはメモ用紙から黒く染まった紙を切り取る。これで一番上はまっ白な紙になった。

「……分かりました」

 僕は覚悟を決める。


「黒原さんの言う通りになれば——僕は貴方に協力します」

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