時間は少し巻き戻る。


 白崎部長に「黒原さんの部屋からメモ用紙とメモホルダーを持って来て欲しい」と頼まれた僕は、すぐに彼女の部屋へと向かう。


 ドアをノックすると「はい」という返事が聞こえた。

「雨音です。少し良いですか?」

 静かにドアが開く。顔を出した黒原さんに僕は言った。

「話があります。中に入っても大丈夫ですか?」

「はい、どうぞ」

 黒原さんはニコリと微笑み、僕を部屋の中に入れてくれた。

 棚の上に、メモ用紙とそれを収めているメモホルダーが置いてあるのを確認する。あれをなんとかして白崎部長に届けないといけない。

 黙って持ち出そうかと考えたけど、黒原さんは僕をじっと見ている。この視線の中、気付かれずに持ち出すのは不可能だ。

 意を決して、僕はメモ用紙を指差した。

「あの、黒原さん。あそこに置いてあるメモ用紙を貸してくれませんか?できればメモホルダーごと」

 黒原さんはメモ用紙を見る。

「あれをですか?」

「はい」

「雨音さんの部屋にあるものは使わないのですか?」

「えっと……僕の部屋には置いてなくて……」

「雨音さんの部屋を訪ねた時に、メモ用紙があるのを見ました」

「えっ!」

 しまった。見られていたのか!ま、まずい。何か上手い言い訳を考えないと!

「えっと……それは……あの……」

 駄目だ。全く言葉が出ない。どうすれば良いんだ?このままじゃ……。

「雨音さん」

「は、はい!」

「白崎さんに頼まれましたか?」

「えっ?」

「白崎さんに私の部屋からメモ用紙とメモホルダーを持って来るように頼まれたのではありませんか?」

「——ッ!」

 心臓が大きく跳ねた。

「ど、どうしてそれを……あっ!」

 僕は咄嗟に自分の口を押さえる。だけどもう遅い。

「雨音さんは正直ですね。そういう所も大好きです」

 黒原さんはクスリと笑う。

「だとすると、白崎さんはというわけですね」

「選んだ?」

 意味が分からず首を傾げていると、黒原さんはこう言った。


「犯人は白崎さんです」


「……えっ?」

「山本さん、飯田さん、そして伊達さん。三人の命を奪ったのは、白崎さんです」

 あまりにも衝撃的な言葉。僕は口を開けたまま固まった。

「白崎部長が——犯人?今、そう言いました?」

「はい」

 黒原さんは首を縦に振る。聞き間違いかと思ったが、そうではないらしい。

「な、何を……言ってるんですか……そんなわけ……」

「いいえ、間違いありません。犯人は白崎さんです」

 黒原さんの顔は真剣そのものだ。冗談を言っているとは思えない。

 白崎部長は、黒原さんの部屋からメモ用紙とメモホルダーを持って来るよう僕に頼んだ。それが証拠になるからと。

 白崎部長は黒原さんを犯人だと思っている。だけど、その黒原さんは白崎部長が犯人だと言う。これはどういう事だ?

 僕は混乱した。このまま黒原さんの話を聞いて良いのか?それとも、強引にでも部屋にあるメモ用紙とメモホルダーを持ち出して、白崎部長に見せた方が良いのか?

 正しいのはどっちだ?

「——教えてください」

 迷った末、僕は黒原さんの話を聞く事にした。

「教えてください。どうして、白崎部長が犯人なんですか?」


 僕が尋ねると、黒原さんはゆっくりと口を開く。

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