③
「黒原さんが?」
「三人を殺した犯人?」
田沼さんと勝也さんは顔を青くしている。
「そうなのか?本当にお前が犯人なのか?」
春日さんは怒りの形相で黒原さんを睨む。
だけど、驚愕の視線を向けられても、怒りの視線を向けられても、黒原さんは全く動じていない。いつも通り綺麗な姿勢で立っている。
「私が犯人……ですか」
黒原さんはクスリと笑う。
「何故、私が犯人なのでしょう?何か証拠でも?」
「山本さんの事件も、飯田君の事件も君が殺したという証拠は無い」
白崎部長は首を横に振る。
「山本さんの死体も、飯田君の死体も、ツキノワグマに食べられ、残りは保存食として森の中に運ばれた。山本さんを殺した凶器——おそらく麺棒——は死体の服の中に入れたのだろう。山本さんの死体と一緒に森の中へ運ばれたはずだ。ツキノワグマの群れが居る以上、森に入って凶器を探す事は出来ない」
「でしたら……」
「だけど、君が伊達さんを殺したという証拠ならある!」
白崎部長は証拠があると断言した。でも、黒原さんは笑みを崩さない。
「山本さんや飯田さんと同じように、伊達さんの死体もツキノワグマに食べられてしまいました。一体どのような証拠があるのでしょう?」
「証拠はこれさ」
部長が取り出したのは、メモ用紙とメモ用紙を収納したメモホルダーだった。
「各部屋に置いてあるメモホルダーには、その部屋番号と同じ数字が書かれている。このメモホルダーに書いてある番号は『二〇五』。黒原さん、君の部屋番号と同じだ。間違いなく、これは君の部屋にあったメモホルダーだよ。雨音君に頼んで、君の部屋から持って来てもらったんだ」
そう。さっき白崎部長は僕に、黒原さんの部屋からメモ用紙とメモホルダーを一緒に持って来て欲しいと頼んだのだ。僕は黒原さんの部屋に行くと、彼女の部屋からメモ用紙と、それを収納したメモホルダーを持ち出した。
黒原さんが僕を見る。
彼女は怒るでも、軽蔑の視線を向けるでもなく、ただ僕に向かって微笑んだ。そんな黒原さんから、僕は目を逸らす。
「で、でもそのメモ用紙がどうして証拠になるんだ?」
春日さんが興奮した様子で尋ねた。
「メモ用紙は何枚も重なってメモホルダーに収納されている。もし、重なった状態のメモ用紙に文字を書いたらどうなると思う?」
「どうって、それは……」
春日さんが首を傾げていると、田沼さんが気付いた。
「筆圧痕が残る?」
「そうです」
白崎部長は笑顔で頷く。
「重なった紙に文字を書くと、筆圧痕が下の紙に残ります。専用の機械を使えば筆圧痕を解析して上の紙に何が書かれていたか判別出来ますが、機械が無くともこうすれば……」
部長はポケットから鉛筆を取り出すと、その鉛筆を横に寝かせ一番上のメモ用紙を黒く塗り始めた。黒く塗られた紙に筆圧痕が浮かび上がる。
『薬は外に捨てた。探してみろ』
それは、伊達さんの部屋で見付かった紙に書かれている文字と同じだった。
「これが、君が殺人を犯したという証拠だよ、黒原さん」
白崎部長は静かに、もう一度言う。
「君がこの別荘で三人を殺した犯人だ」
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