②
「飯田君の事件に関しては、前に私が言った通りです」
「確か、皆が飯田さんの死体に注目している隙にテーブルに鍵を置いた。でしたよね?」
「そうです。犯人は飯田君の部屋が密室だったと思わせ、彼女が自殺したように見せたのです」
部長は「最後に伊達さんがどのようにして、殺されたのかお話します」と言った。
「だ、伊達様も殺されたのですか?」
「そうです。伊達さんは重度のナッツアレルギーを持っていました。犯人はそれを利用して、彼女を殺したのです」
部長は人差し指を立てる。
「犯人はまず、手に入れたナッツをペースト状にすると、それを自分の部屋にあった透明なグラスの口の部分に塗りました。一目見ただけでは分からないほど薄くね。そして、そのグラスを伊達さんの部屋にあったグラスとすり替えたんです」
「すり替えた?いつ?」と、春日さん。
「伊達さんが飯田君の死体を発見して、皆を自分の部屋に呼んだ時さ。その時に犯人は棚の上に置かれていた伊達さんのグラスと、隠し持っていたナッツが塗られたグラスを入れ替えたんだ」
飯田先輩の部屋の鍵をテーブルに置いた時と同じやり方だ。全員が先輩の死体に気を取られている隙に、犯人はグラスを入れ替えた。
「後は喉が乾いた伊達さんがそのグラスを使って飲み物を飲めば、グラスに塗られたナッツが口の中に入ってアナフィラキシーショックを発症する。というわけです」
「しかし、この別荘にはナッツを含んだ食べ物は一切ございません。犯人は一体何処からナッツを手に入れたのですか?」
疑問を口にした勝也さんを見て、田沼さんは「あっ」と声を漏らす。
「もしかして、犯人は勝也さんなんじゃ……」
「なっ!」
勝也さんは田沼さんを睨む。
「田沼様!飯田様の時といい、何故そんなにも私を疑うのですか?」
「根拠なく言ってるんじゃありません!」
田沼さんは勝也さんを睨み返す。
「犯人がナッツを使って伊達さんを殺したのなら、伊達さんがナッツアレルギーだと犯人は知っていた事になります。それを知っているのは勝也さんだけじゃないですか⁉」
田沼さんの言う通り、勝也さんは伊達さんから『自分はナッツアレルギーなので、食事には注意して欲しい』と事前に言われている。
勝也さんは伊達さんがナッツアレルギーだと知っていた。
「ナッツ入りの食べ物が別荘に無いと言ってるのは勝也さんです。本当は別荘のどこかにナッツが入った食べ物があるんじゃないですか?それを使って、伊達さんを……」
「ち、違います!私は決して、そんな!」
勝也さんは狼狽しながら、自分の犯行を強く否定する。
「田沼さん」
白崎部長は田沼さんに言う。
「伊達さんがナッツアレルギーだと知っているのは、勝也さんだけとは限りません。伊達さんと二人きりになった時にでも、彼女本人から教えてもらった人が居る可能性はあります。ですので、ナッツが犯行に使われたからといって勝也さんが犯人とは言い切れないんですよ」
「……そっか」
田沼さんは気まずそうに勝也さんを見る。
「すみませんでした。早とちりして」
「……いいえ、分かってくだされば」
田沼さんの謝罪を、勝也さんは不満そうにではあるが受け入れた。
「ですが、田沼さんがおっしゃった事で、正しかった部分もあります」
「正しかった部分?」
「『本当は別荘のどこかにナッツが入った食べ物があるんじゃないですか?』とおっしゃった点です」
「ま、まさか……」
「はい、実はこの別荘にはナッツを含んだ食べ物があったんです」
勝也さんは大きく目を開けた。
「そ、そんな!この別荘にある食べ物は全てチェックしました!ありえません!」
「いえ、それがあったんです。勝也さんも調べていない食べ物が」
「私が調べてない食べ物?なんですか?」
「飯田君が持って来たチョコレートです」
白崎部長は一拍の間を置いて、再び口を開く。
「犯人は飯田君を殺した後、彼女が持っていたナッツ入りのチョコレートを盗んだ。そのチョコレートからナッツを取り出して犯行に使用したんです」
「——ッ!」
驚きのあまり言葉も出ないのか、勝也さんは口をパクパクと動かす。
「そういえば、バスの中でやった自己紹介であの子言ってましたよね。『チョコをたくさん持って来ているので、欲しい方はいつでも言ってください!』って」
「ああ、俺もバスの中で貝塚と一緒にチョコを貰ったよ」
田沼さんと春日さんも驚いている。
飯田先輩はお菓子が大好きでいつも持ち歩いており、この島にもたくさんチョコレートを持ってきていた。その中にはナッツが含まれているチョコレートもあっただろう。
犯人はそのナッツを使って、伊達さんを殺したのだ。
勝也さんは別荘にある食べ物は調べたが、飯田先輩が持ち込んだチョコレートまでは調べていなかった。
飯田先輩の命を奪ったばかりか、先輩が大好きだったチョコレートを利用して人を殺すなんて、あまりにも酷い。僕は犯人に激しい怒りを覚える。
「だけど、まだ分からない事があります」
田沼さんが発言する。
「どうして、伊達さんは外に出たんでしょう?外に出れば熊に襲われるって分かっていたのに……やっぱり錯乱していたんですか?」
田沼さんは首を傾げた。
「いいえ、伊達さんは錯乱などしていませんでした。彼女は犯人に行動を操られていたんです」
「操られていた?」
「犯人は伊達さんの部屋にあったグラスと、ナッツを塗ったグラスを入れ換えるのと同時に、伊達さんが持っていた『あるもの』を盗みました。それを盗む事によって、彼女を操作したんです」
「あるものって何ですか?」
「アドレナリンが入った注射キットです」
田沼さんの質問に、白崎部長は答える。
「アドレナリンはアナフィラキシーショックを一時的に抑えてくれます。アナフィラキシーショックを発症した人はすぐに病院で適切な治療を受ける必要がありますが、病院に運ばれるまでの間、症状を緩和してくれるアドレナリンは重度のアレルギーを持つ人にとって必須の薬です。伊達さんは予め自分がナッツアレルギーだと伝えていましたが、万が一を考え、アドレナリンが入った注射キットを持参し、棚の引き出しに入れていたのでしょう。犯人は伊達さんが棚に入れていた注射キットを盗み、代わりにこれを入れたんです」
白崎部長は皺くちゃになった一枚の紙を全員に見せる。
そこには、こう書かれていた。
『薬は外に捨てた。探してみろ』
「この紙は伊達さんの部屋から見付けたものです。アナフィラキシーショックを発症し、呼吸困難になっていた伊達さんは急いでアドレナリンを自分の体に打とうとしました。しかし、棚の引き出しに入れたはずの注射キットは無く、代わりにこの紙が入っていた。伊達さんは混乱したでしょう。外に出ればツキノワグマに襲われるのは分かっている。しかし、アドレナリンが無ければ自分は死ぬ。呼吸困難で喋れず、誰かに相談も出来ない。彼女は外に出て注射キットを探すしかなかった。そして、外に出た伊達さんは犯人の思惑通り、ツキノワグマに襲われて死んだのです」
あまりに残酷な殺害方法。
選択の余地を無くし、自ら苦痛の死を選ばなければならなかった伊達さんの気持ちを考えると、胸が張り裂けそうになる。
「そ、それで犯人は誰なんだよ!」
震える声で春日さんが叫ぶ。
「この中に居るんだろ?三人を殺した犯人がよ!」
「ああ、居るよ。三人もの命を奪った殺人者がね」
場に緊張が走った。田沼さんと勝也さんはゴクリと唾を飲み、春日さんは身を乗り出す。
「三人を殺した犯人、それは……」
白崎部長はゆっくりと、ある人物を指差した。
「君だよ。黒原さん」
部長の人差し指の先には黒原さんが居る。
「黒原蕾さん。君が三人を殺した犯人だ」
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