第五章 推理
①
「わ、私達の中に……」
「犯人が?」
張り詰める空気の中、白崎部長は言った。
「人を捕食するツキノワグマ。そして電話線を噛み切ったネズミ。この二種類の生き物によって、この別荘は外部から閉ざされた空間——クローズド・サークルとなりました。これらは偶然に起きた出来事ですが、犯人はこの状況を利用して、人を殺める事を思い付いたのです」
「この状況を利用……」
「順番に話します。まずは、山本さんの事件から」
白崎部長は静かに、自分の推理を語り始めた。
「昨日の夜、私達が部屋に居ると一階で壺の割れる音が聞こえました。皆で一階に下りると、シャンデリアの真下から玄関まで床に引きずったような血の跡が続いており、割れた壺の破片が飛び散っていました」
「そ、そうです。そして玄関ドアを開けると正様が熊に……うっ」
勝也さんは口を手で押さえる。
「私達は最初、別荘に侵入したツキノワグマが山本さんを襲い、外まで引きずったのかと思いました。しかし、玄関ドアには鍵が掛かっており、他の出入り口にも鍵が掛かっていた事から、山本さんを殺したのは、ツキノワグマではないと分かりました。なら、山本さんは何故外でツキノワグマに食べられていたのか?」
「それは、彼女が言ったように自殺なんじゃないんですか?」
田沼さんは黒原さんに視線を向ける。
「一階で壺が割れる音が聞こえた時、私達は全員二階に居てアリバイがあります。誰にも殺せなかったのなら、やっぱり山本さんは自殺なんじゃ……」
「いえ、違います。あれはやはり殺人でした。犯人はあるトリックを使って二階に居ながら、一階の壺を割ったんです」
田沼さんは驚く。
「そんな事が出来るんですか⁉一体どうやって?」
「まずは、これをご覧ください。雨音君、頼む」
「はい」
僕は携帯の画像を皆に見せた。
「これは……もしかして、シャンデリアですか?」と勝也さん。
「そうです。これは雨音君が脚立を使って撮ってくれたシャンデリアの画像です。見ての通り、シャンデリアの上にはこんな物がありました」
「ロープと……水が溜まった容器?」
「はい、犯人はこれを使って壺を割ったんです」
白崎部長は犯人の使ったトリックを説明する。
「まず犯人は、中央が窪んだ壺と丈夫なロープ、それに沢山の氷と大きな容器を用意し、脚立を使ってそれらをシャンデリアの上まで運びました。そして、ロープの片方の端をシャンデリアのアーム部分にきつく結び、もう一方の端を容器の中に入れると、その上から大量の氷を入れてロープの重りにしたのです。さらに壺をシャンデリアの上に置いて少し傾け、ロープの中心で支えれば準備完了。時間と共に容器の中の氷は溶けて水になっていき、重さは失われます。やがてロープは壺を支えきれなくなり、壺は床に落下。大きな音を立てて割れる……というわけです」
白崎部長の推理を、皆は講義を受ける学生のように聞いている。
氷が溶けて壺が落下するまでの間、犯人は自分の部屋で待っていれば良い。壺が割れた音を聞いて部屋から飛び出すか、誰かが知らせに来た時に顔を出せば、その人物のアリバイは成立する。
五つあった壺の内、中央が窪んだ壺をトリックに選んだのは、ロープの中心で支えるのに適していたからだろう。
ロープの重しにした大量の氷は、製氷機で作られたものを使ったのだ。
「でもよ、氷で重くなった容器とか壺とか、シャンデリアに乗せられるのか?」
春日さんから飛んで来た質問に、白崎部長は答える。
「普通のシャンデリアだったら無理かもしれないな。だが、あのシャンデリアは特別製で、三百キロ以上のものを乗せても耐えられる。そうですよね、勝也さん」
「はい、おっしゃる通りです」
僕は島に到着して皆で食事をした時の、飯田先輩と勝也さんの会話を思い出す。
『シャンデリア綺麗だよね。でも落ちて来ないか少し心配』
『ご心配なく。この別荘は豪華さだけでなく安全面にも考慮しています。あのシャンデリアはたとえ三百キロ以上の物を乗せても落ちないようになっているんですよ』
三百キロ以上の物を乗せても大丈夫なら、壺や氷の入った容器くらい、簡単に乗る。
「それにしても、シャンデリアの上にこんな物があったとは……」
勝也さんは携帯の画面を食い入るように見る。
「人は普段、自分の目線より上は見ませんし、この別荘のシャンデリアはアームと電球の数が多いので、それが容器とロープを隠します。たとえ下から見たとしても、よほど注意してみなければ容器とロープの存在には気付かないでしょう」
壺が割れた音を聞いて一階に下りた時は、ツキノワグマが物陰から飛び出して来ないか警戒して視線は下がっていたし、床の血を見付けてからは常に視線は下へ向けられていた。
あの時に気付くのは無理だっただろう。
「山本さん殺害時の犯人の行動をまとめるとこうです。犯人は山本さんを殺害した後、彼の服の中に凶器を隠し、外に運んだ。ツキノワグマの仕業に見えるよう玄関までは死体を引きずってね。そして、今言ったトリックを仕掛け、二階へと上がり壺が割れるのを待った。壺が割れる音を聞いた犯人は顔を出して、皆と共に一階へと移動。山本さんの死体を発見した。こうして、犯人はアリバイを手に入れたのです」
ちなみに、と白崎部長は付け加える。
「凶器はおそらく、厨房にあった麺棒でしょう。厨房を調べた所、麺棒があったと思われる場所から消えていました。犯人は麺棒を使って山本さんを撲殺したのです」
反論の声は誰からも出ない。部長は推理を続ける。
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