⑤
食事が終わると、各々自由に時間を過ごす。
僕は黒原さんと二人で話したかったが、生憎と彼女は複数の人に囲まれていた。その中には工藤さんもおり、身振り手振りで何やら熱心に語っている。やっぱり相当なファンだな。あの人。
邪魔するのも悪い。黒原さんと話すのはまた明日にしよう。
僕はテラスに出た。風が涼しくて気持ちいい。空にはたくさんの星が輝いている。ずっと明るい都会ではまず見られない光景だ。感動する。
「オッス、雨音君」
「先輩」
星を見ていた僕に、飯田先輩が話し掛けてきた。
「いやぁ料理は美味しいし、星も綺麗だし、良い所だね」
「そうですね。これも招待状をくれた貝塚さんのおかげです」
「そして、その招待状を持って来た私のおかげだね」
「はい、ありがとうございます」
「うむ!」
飯田先輩と僕はお互い笑う。思えば先輩とこうして二人きりになるのは珍しい。大抵の場合、飯田先輩は白崎部長の傍に居るから。
しばらく談笑していると、飯田先輩が急に声を落とした。
「ねぇ、雨音君」
「はい」
「す……好きな人っている?」
「えっ?」
突然の質問に驚く。
「それは恋愛的な意味の『好き』って事ですよね?」
「……うん。そうだよ」
からかい目的やただの好奇心で訊いているわけじゃないのは飯田先輩の顔を見れば分かる。だから、僕は真面目に答えた。
「いえ、いません」
「本当に?」
「はい」
「そうなんだ」
飯田先輩は、なんだか嬉しそうだ。
「あのね……私にはいるの……好きな人」
顔を真っ赤にしてモジモジする先輩。なんだか小動物みたいで可愛い。
「誰だと思う?」
「白崎部長ですよね?」
僕が即答すると、飯田先輩は目を大きく見開いた。
「えっ!なんで?どうして分かったの⁉」
「見てれば分かりますよ」
「そうなの⁉」
飯田先輩はさらに目を大きくする。
気付かれてないと思っていたのか……そっちの方がビックリだ。
「結構、バレバレでしたよ」
「そっか~そうだったんだ~バレバレかぁ~」
飯田先輩は「あはは」と笑う。そんな先輩を見ていると、無性に知りたくなった。
「……訊いても良いですか?」
「うん」
「白崎部長のどこを好きになったんです?」
僕の質問に、飯田先輩は顔を赤くしながら答えた。
「私ね。前に白崎部長に助けられた事があるんだ」
今より一年ほど前、僕が大学に入学する以前の出来事。
飯田先輩はある盗難事件に巻き込まれ、濡れ衣を着せられたのだという。
「講義が終わった時にね、私の友達が突然『財布が盗まれた!』って叫んだの。そしたら、講義をしていた教授が『全員、鞄の中の物を見せるように』って言ったんだ」
先輩達は教授に言われた通り、鞄の中の物を出した。すると、先輩の鞄の中から友人の財布が出てきたのだという。
飯田先輩はふうと息を吐く。
「皆が私を疑ったわ。教授だけじゃなく友達も『泥棒!』『最低!』って私を罵った。どんなに私じゃないって言っても、誰も信じてくれなかった。教授は警察に突き出すって言って私の腕を掴んで引っ張った。私は皆から疑われたショックと、これからどうなるんだろうって恐怖で頭が真っ白になって、泣く事しか出来なかった」
そんな時、飯田先輩を助けてくれたのが白崎部長だった。
「白崎部長は、財布は私が盗んだんじゃないって言ってくれたの。その財布は私を陥れるために仕組まれたものだって。それだけじゃない。白崎部長は私を陥れようとした犯人まで見付けた」
飯田先輩を陥れようとした犯人、それは財布が盗まれたと騒いだ先輩の友人だった。
さらに、鞄の中身を出すように命じた教授も共犯だったという。
飯田先輩の友人と教授はその後逮捕され、大学を追われた。警察の調べによると、犯行は飯田先輩の友人が計画したものだったそうで、教授はただ彼女の計画に従っただけだった。なんでも、教授は飯田先輩の友人と不倫関係にあり、奥さんにバラされたくなければ計画に協力しろと脅されたのだという。
警察に動機を尋ねられた際、飯田先輩の友人はこう供述したらしい。「昔好きだった男をあいつに取られた。それを恨んでいて復讐しようとした」と。
大勢の前で飯田先輩を犯人に仕立て上げ、先輩の人生を滅茶苦茶にしてやろうと考えたらしい。ちなみに、飯田先輩とその友人が好きだったという男性は面識すらなく、友人の一方的な逆恨みだった。
「まさか、昔からの友人に陥れられるなんて思いもしなかったよ。それも、恋愛絡みでね。想像もしていなかった」
「……先輩」
「でも、そのおかげで白崎部長に会えたんだから、結果的には良かったのかもしれないけどね」
自分を助けてくれた白崎部長に、飯田先輩は恋をした。それはまるで雷に打たれたような感覚だったと先輩は語る。
「恋って相手の良い所を知って少しずつ落ちるものだと思っていたけど、違った。恋に落ちるのは一瞬あれば十分なんだって知ったよ」
飯田先輩は何とも言えない表情をする。
「最初は友達がどうして私を陥れようとしたのか分からなかった。でも、今ならあの子の気持ちも少しだけ理解出来るんだ。もし、私があの子の立場だったら、同じ事をしたかもしれない。自分が恋をして初めてそう思ったの」
「……それは無いと思います」
僕は首を横に振る
「先輩は優しい人です。誰かを陥れるなんて事はしないと思います」
「ありがと。でもね、人は恋をすると変わるんだよ。良くも悪くもね。恋愛は人を輝かせもするし、狂わせもするんだ」
「……先輩」
「なんてね」
先輩はいつもの笑顔に戻る。
「雨音君も気を付けてね?君、なんか危ない女の子に好かれそうだから」
「無いですよ。僕、全然モテませんし」
「ううん。雨音君は危険な女の子に好かれるタイプだと思う。自覚が無いだけで、もう好かれてるかもしれないよ?」
飯田先輩はいたずらっ子のような顔になる。正直ピンと来ないが、先輩が楽しそうだから良いか。
なんて思っていると、先輩の空気が変わった。真剣な表情で先輩は口を開く。
「雨音君。私ね……部長へ告白しようと思っているんだ」
「本当ですか⁉」
「うん。この島から帰るまでには告白する!」
先輩はグッと拳を握る。
「応援……してくれる?」
「はい!もちろんです!」
断る理由なんて無い。全力で応援させていただきます。
「ありがと。でも、不安なんだ。ほら、私と白崎部長はアレだし、断られたらどうしようって……」
「関係ないですよ!」
落ち込む先輩に、僕は力強く言う。
「告白しなければ結果が分からないのは、どんな恋愛でも同じだと思います」
飯田先輩はハッとした表情で僕を見る。
「それにもし、このまま何もしなければ白崎部長は他の誰かと付き合うかもしれません。それでも良いんですか?」
「それは嫌!」飯田先輩は大声で叫ぶ。「部長が私以外の人と付き合うなんて、絶対嫌!」
「でしたら、告白するべきだと思います。どんな結果になるかは分かりませんが、少なくとも告白しないままでいるよりはずっとマシなはずです!」
「そっか……そうだよね!」
飯田先輩は、深く頷く。
「告白しないと何も始まらないよね!ありがとう雨音君。勇気が湧いて来たよ。私、頑張るね!」
「はい!」
「何の話をしているんだい?」
ドキンと心臓が跳ねた。この声は……。
「ぶ、部長……」
「二人してなんの話をしていたんだい?」
部長は笑顔で尋ねる。僕と飯田先輩は慌てて手を振った。
「な、何でもありません。ね、雨音君!」
「は、はい!な、何もありません!」
「フム。内緒話という訳か」
白崎部長はフッと笑う。
「これ以上訊くのは野暮みたいだね。じゃあ、私はもう寝るよ。二人ともお休み」
「「お、お休みなさい!」」
僕と飯田先輩は同時に頭を下げた。部長は手を振りながら、二階へ上がっていく。
「焦った……」
「僕もです」
危ない、危ない。告白する前に飯田先輩の気持ちを白崎部長に知られる所だった。やはり、こういうのは本人の口から伝えないと意味が無い。
「じゃあ、私も戻るね!雨音君、本当にありがとう!」
飯田先輩は笑みを浮かべながら、二階に上がった。
もし、飯田先輩の告白が成功したら、記念に何かお祝いしなくちゃいけないな。
いや、それともこういうのは放っておいた方が良いのだろうか?経験が無いからよく分からない。
それにしても、二人が恋人になったら所構わずイチャイチャするんだろうなぁ。そんな二人に僕は色々と気を遣わなくてはいけなくなるだろう。でも、それを嫌だとは思わない。
心の底から、僕は二人が上手く行けば良いと思っている。
「どうか、飯田先輩の恋が叶いますように」
夜空に輝く星々に、僕は願った。
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