「皆様、『月辺島』へようこそ」


『月辺島』に到着すると、一人の男性が僕達を出迎えた。

「私はこれからの四日間、皆様のお世話をさせていただきます勝也将かつやまさると申します。ご用がございましたら何なりとお申し付けください」

 勝也さんは深々と頭を下げた。年齢はおそらく四十代ぐらいだろうか?物腰が柔らかく、紳士的な印象を受ける。

「では皆様、バスがある駐車場までご案内します。こちらへどうぞ」

 勝也さんの後に僕達は続く。

「ぐええええ」という呻き声を上げているのは白崎部長だ。船酔いからはある程度回復したようだけど、それでもまだ辛そうだ。

「部長、大丈夫ですか?」

「……雨音君」

 白崎部長は両手を広げる。

「おんぶ」

「ええ……」

 僕があからさまに嫌そうな顔をすると、部長は頬を膨らませた。

「ちょっとくらい良いじゃないか。バスに乗るまで。ね、ねっ?」

「はぁ、分かりましたよ」

 両手を広げておんぶをせがむ部長を、僕は背中に担いだ。

「おお、楽ちん、楽ちん」まるで子供のようにはしゃぐ部長。あまり動かないで欲しい。

「部長!私も!私も部長をおんぶします!」

 飯田先輩はしゃがんで両腕を後ろに回した。

「さぁ、どうぞ!」

「気持ちはありがたいけど、飯田君じゃ私を運べないと思うよ?」

 飯田先輩はガックリ肩を落とすと、羨ましそうに僕を見た。

「雨音君、ずるい……」

「ずるくないです」むしろ代わって欲しいくらいだ。

 ふと、こちらを見ていた黒原さんと目が合った。黒原さんはクスリと笑う。他の人達もこっちをチラチラと見ていた。ああ、恥ずかしい。

「ふむ。やはり繋がらないな」

 背中で部長が呟くが、僕からは部長が何をしているのか見えない。

「今、携帯を見ているのだが、やはり圏外になっている。聞いていた通りだな」

 部長の言葉を聞いて他の人達も自分の携帯を見る。

「私のも圏外ね」「俺のもだ」

 やはりどの携帯も圏外みたいだ。この島にいる間、携帯は役に立ちそうにない。

「雨音君」

「はい?」

「あまり揺らさずに歩いてほしい。でないと、君の背中が大変な事になるよ?うっぷ」

「わあああああ!お願い!やめて!吐かないで!」


 それから少し歩くと目の前に大型のマイクロバスが現れた。やれやれ、ようやく部長のおんぶから解放される。背中も汚れずに済んで一安心だ。

 僕達はバスに荷物を積むと、指定された席に座る。僕の席は窓側で外の景色が良く見えた。

「では、出発します」

 バスを運転するのは勝也さんだ。彼の合図と同時にバスは静かに動き出し、速度を上げる。窓から外を見ると、たくさんの木々がまるで走っているかのように、前から後ろへ流れていく。

 すると、森の中で草を食べている二頭の鹿を見付けた。二頭のうち一頭はまだ小さかったので、おそらく親子だろう。なんとも微笑ましい光景だ。

「部長、見てください!鹿がいますよ!」

 僕は隣に座っている部長の肩を叩く。だけど、部長は「う~ん」と唸りながらグッタリしていた。どうやら今度はバスに酔ったらしい。

「恵っち、チョコ食べる?」

「うん、食べる。ありがとう」

「春日君もどうぞ」

「あ、ああ……」

 後ろの席では、飯田先輩が持って来たチョコを皆に配っている声が聞こえた。部長がバスに酔ったと知ればまた心配するので、黙っておく。

「君達は学生かい?」

 前の席に座っている日焼した男性が僕に話し掛けて来た。

「はい、大学生です」

「おお、いいねぇ若くて。青春だねぇ」

 日焼けした男性は楽しそうに笑う。

「君は知ってるかい?『月辺島』には人の手が入っている場所と入っていない場所があるって事」

「いいえ、知りません」

 僕が首を横に振ると、日焼けした男性は教えてくれた。

「実は『月辺島』の二割ほどは人の手が入っているんだ。これから向かう別荘に続く道路も人の手によって綺麗に整備されているんだよ。あまり知られてないけどな」

「そうなんですね。教えてくださり、ありがとうございます」

 僕がお礼を言うと、日焼けした男性は満足そうに頷いた。

「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は……あ、そうだ。おおい。皆!」

 日焼けした男性はバスに乗っている全員に呼びかける。

「せっかくだから皆で軽く自己紹介しないか?船じゃ出来なかったからな」

 確かに。これから三日ほど一緒に過ごすんだ。名前くらいは知っていても良いだろう。

 日焼けした男性の意見に反対する人はおらず、この場で軽い自己紹介をする事になった。

「でしたら、これをお使いください」

 勝也さんは一旦バスを止め、日焼けした男性にマイクを渡す。

「ありがとう。よし、じゃあ最初は言い出しっぺの俺からだな」

 日焼けした男性は、ウウンと咳払いする。

「俺の名前は加藤信吾かとうしんご。冒険家だ。日本や海外など、世界中を旅している。『月辺島』で計画されているサバイバル体験のアドバイザーをして欲しいと頼まれてやって来た。短い間だけどよろしくな!」

 日焼けをした男性——加藤さんはそう言うと、隣に座っている小太りの男性にマイクを回した。

「私は工藤敦くどうあつし。古美術商をしている。美術品を鑑定して欲しいと言われて来た。よろしく」

 工藤さんは次の人にマイクを渡す。マイクを受け取ったのは四十代くらいの男性だ。

「私は輪区大学で准教授をしています木原康彦きはらやすひこと言います。『月辺島』へは生き物の生態調査のために来ました。こちらの二人は院生で私の研究を手伝ってくれている伊達美代だてみよ君と岸辺悟きしべさとる君です」

「伊達です。よろしくお願いします」

「岸辺です。よろしくです」

 木原准教授に紹介された二人は立ち上がって自己紹介する。

 伊達さんは眼鏡を掛けた女性でハキハキとした印象だ。反対に岸辺という男性は猫背気味で少し暗そうな印象を受ける。

 次に立ち上がったのは、男女二人だった。

「イベント企画会社『キャプテン』に勤めています飛石隼人とびいしはやとと申します」

「同じくイベント企画会社『キャプテン』に勤めています田沼弥生たぬまやよいと申します」

 飛石と名乗った男性はかなり大きく、頭がバスの天井に付かないよう腰を屈めている。おそらく、身長は百九十近くあるだろう。服の上からでも分かるほど筋肉は盛り上がっており、ガッシリとした体型をしている。きっと、何かスポーツをしているに違いない。

 田沼と名乗った女性は目がくっきりと大きいのが特徴だ。身長はそれほど低くはないだろうが、隣にいる飛石さんが大きいせいで随分と小柄に見える。

「私達が『月辺島』で行われるイベントの企画、製作を担当します。よろしくお願いします」

 そう言うと、飛石さんと田沼さんは同時に頭を下げた。

 続けてマイクを渡されたのは貝塚さんだ。

「えっと、私は貝塚恵と言います。この島の持ち主、山本正の親戚です。今日はおじさんに誘われて友達と来ました」

 貝塚さんは僕達にマイクを向ける。

「春日です」

「飯田です!お菓子が大好きです!チョコをたくさん持って来ているので、欲しい方はいつでも言ってください!」

「雨音です。短い間ですが、よろしくお願いします」

 春日さんと飯田先輩、僕は簡単に自己紹介を済ます。

「次は私だな!」

 バス酔いでダウンしていた白崎部長だったが、自己紹介をやると聞いてカッと目を開き、立ち上がった。

 僕からマイクを受け取り、ニヤリと笑う部長。嫌な予感……。

「『ミステリー調査同好会』部長の白崎です。不思議な現象でお困りの方は是非とも我々の同好会へ相談してください。たちどころに解決してご覧に入れます」

 バスの中がシーンと静まる。部長、少しは空気というものを読んでください。あと、飯田先輩、笑顔で部長を褒めないでください。調子に乗るから。

 満足した様子の部長は、満面の笑みでマイクを次の人へ渡す。最後に自己紹介するのは、黒いワンピースを着たあの女性。

 部長からマイクを受け取った黒原さんは、綺麗な声で自己紹介した。


「作家の黒原蕾くろはらつぼみです。どうぞよろしくお願いします」

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