②
八月二十日、僕達『ミステリー調査同好会』の三人はとある船乗り場に居た。
「それでね。雪男と言われている死体のDNAを調べると、なんとある生き物のものとほぼ一致したというのだよ」
「へぇ、そうなんですね!なんの動物なんですか?」
「それは、なんとね……」
僕達三人は未確認生物についてお喋りしている。最も、話しているのは九割が部長で、残りの一割は相槌を打つ飯田先輩だけど。
そうしていると、向こうから手を振りながらこちらに近づいて来る女性が見えた。その隣には若い男性も居る。
「おおい!飯田っち!」
「あっ!恵っち!それに春日君も!」
飯田先輩も二人に向かって手を振り返す。
「飯田っち。今日は来てくれてありがとう!」
「ううん、こっちこそ。誘ってくれてありがとう!」
飯田先輩とその女性は両手を絡ませ、ピョンピョンと飛び跳ねる。
恵っち——この人が招待状をくれた貝塚恵さんか。
「紹介するね。この二人が私の入っている同好会のメンバーだよ」
飯田先輩の紹介に合わせ、白崎部長と僕は頭を下げる。
「白崎明だ。どうぞよろしく」
「雨音優です。よろしくお願いします」
「貝塚恵です。今日は来てくれてありがとうございます」
「いえ、私達も誘ってくれて嬉しいよ。ねぇ、雨音君」
「はい。もちろんです」
貝塚さんは「あはっ」と笑う。
「カッコイイ先輩に礼儀正しい後輩。飯田っちから聞いていた通りですね」
「ほう。カッコイイ先輩……ね」
白崎部長は愉快そうに飯田先輩を見る。
「もう、恵っち!それは言わないでって言ったでしょ!」
「あははっ、ごめん、ごめん」
じゃれ合う飯田先輩と貝塚さん。二人は随分と仲が良いようだ。
「それでこっちは春日君。私や恵っちと同じく経済学部の二年生だよ」
飯田先輩が男性を紹介する。
「
春日という男性は、ぶっきらぼうに自分の名前を口にした。
「不愛想だけど、春日君は悪い人じゃないから!誤解しないでね!」
飯田先輩は慌ててフォローする。でも「不愛想だから」は余計だったのでは?
春日さんは目を細めて飯田先輩を見た後、顔を逸らした。その顔が赤くなっているように見えたのは、僕の気のせいだろうか?
それからしばらくすると、さらに船乗り場に人が集まり始めた。
四十代くらいの男性一人と二十代くらいの男女三人組、体格の良い男性と髪の長い女性の二人組、小太りの男性に、タンクトップを着た全身日焼けしている男性。そして、黒いワンピースを着た女性。
——僕は黒いワンピースを着た女性に目を奪われた。
身長は百六十センチ前後だろうか。髪は肩より少し長い黒のストレート。肌はまるで透き通るように白く、整った顔立ちはこの世の者とは思えないほど美しい。
「ほう、綺麗な女性だね」
白崎部長は彼女を見て何度も頷く。
「顔といい、スタイルといい、雰囲気といい、まさに『ミステリアスな美女』と呼ぶのに相応しいね」
「そうですかぁ?」
飯田先輩は唇を尖らせる。
「ま、まぁ確かに?綺麗で、痩せていて、胸は大きくて、足も長いですけど……でも人間大事なのは外見じゃありません!中身ですよ。中身!」
飯田先輩は、熱く語る。
「恋人にするなら外見よりも内面を重視するべきなんです!自分の事を深く、深く愛してくれる人を選ぶと幸せになれるんです!分かりますか?部長!」
「う、うん?えっと……はい」
飯田先輩の熱気に押され、白崎部長は珍しく困惑していた。
やがて時間になると、船が姿を見せる。その船は、想像よりも遥かに大きく、百人以上は乗れそうな豪華な船だった。全員が荷物を持って乗り込むと、船は『月辺島』に向かって出港する。
「よし、船の中を探検するぞ!」
乗るや否や、部長は船の探検を始めた。
船は外も豪華だけど、中も広く豪華だった。てっきり狭い部屋に全員が押し込められると思っていたが、一人ひとりに部屋まで用意されている。流石、山本グループ。僕の想像など軽く超える。
「次はあっちだ!」
テンション高く船を見て回る白崎部長。それに続く飯田先輩と僕。三十分後、部長の様子が一変した。
「うげええええええええええ」
壮絶な船酔いが白崎部長を襲ったのだ。僕と飯田先輩は部長を船室まで運び、ベッドに寝かせる。
「酔い止め飲みます?」
「酔い止めならもう飲んだよ、雨音君。まだ効かないけどね……うえええ!」
「チョ、チョコレート食べます?」
「飯田君。心遣いはありがたいけど、今何かを口にすると……ぐえええ!」
「部長おおお!大丈夫ですかあああああ⁉」
ウシガエルのような声を出す白崎部長。飯田先輩はそんな部長を見て今にも泣きそうになる。僕は部長を介抱しながら、なんとか先輩を宥めた。
「すぅすぅ」
疲れたのか、しばらくすると部長は寝息を立てて眠った。眠れば体調も少しは回復するだろう。とりあえず一安心だ。
部長の寝顔を見ながら、飯田先輩は僕に言った。
「ごめんね、雨音君」
「いえ」
「後は私が部長の面倒を看るから、雨音君はもう戻って大丈夫だよ」
「えっ……でも」
「大丈夫!部長の看病が出来て私は嬉し……ゲフン。わ、私は大丈夫だから!」
ピンときた。飯田先輩は部長と二人きりになりたがっている。ならば後輩として此処は気を使う場面だろう。
「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします」
白崎部長の看病を飯田先輩に任せ、僕は船室を後にする。さて、島に着くまでやる事もないし、もう一度展望デッキに出てみるか。
展望デッキは広く、眺めも最高だった。風は涼しく、空は雲一つない晴天。潮の匂いが心地良い。
手すりに体を預けると、自然と瞼が重くなる。海を眺めながらウトウトしていると、背後から誰かに声を掛けられた。
「こんにちは」
白崎部長や飯田先輩の声じゃない。初めて聞く声だった。一体誰だろうと振り返る。
そこに居たのは、黒いワンピースを着たあの女性だった。
「隣、よろしいですか?」
「えっ?あっ、はい。ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
女性は僕の隣に立つ。近くで見るとますます美人だ。
「風が気持ちいいですね」
「そ、そうですね……」
彼女は綺麗な黒髪をかき上げる。その動作一つ一つが僕の視線を奪った。
こんな時、白崎部長や飯田先輩なら会話を楽しめるのだろう。だけど生憎、見知らぬ美女と楽しく会話出来るスキルなど、僕には無い。
何か話題はないかと考えていると、女性の方から尋ねられた。
「失礼ですが、大学生ですか?」
「は、はい。大学一年です」
僕は慌てて頷く。
「なら、私の一つ上ですね」
「えっ、じゃあ……高校生なんですか?」
「はい。今、高校三年です」
驚いた。妖艶で大人びた雰囲気なので、てっきり僕より年上だと思っていた。まさか年下だったとは。
この船に乗っているという事は彼女も『月辺島』に招待されたのだろう。でも、一体どうして高校生の彼女が島に招待されたんだ?貝塚さんと同じく、島の所有者である山本正さんの親戚なのかな?
などと考えていると、彼女が再び訊いてきた。
「サークルはされていますか?」
「えっと……」
答えに詰まる。正直に言っても大丈夫だろうか?
「サークルじゃなくて、同好会に入っています」
「そうでしたか。どんな同好会なんです?」
「……『ミステリー調査同好会』です」
「ミステリー調査同好会?」
「今の部長が立ち上げた同好会なんですけど、簡単に言うと『超常現象で悩んでいる人から依頼を受けて、それを解決する』って活動をしてます」
僕は彼女から微妙に視線を逸らしつつ、一気に説明した。絶対に引かれたと思う。
「それは面白そうですね」
「えっ?」
僕の予想とは裏腹に、彼女はクスリと微笑んだ。その顔に不信感や警戒心は見えない。良かった。
「今まで何か超常現象に遭遇した経験はありますか?」
「いえ、それは無かったですね」
僕は首を横に振る。
「依頼者が超常現象だと思っていたものの正体は、どれも思い込みや自然現象の見間違え。または人の仕業によるものでした」
そうなんですか。と彼女は言った。
「やはり超常現象の類いは存在しないのでしょうか?」
「それは分かりません。でも、超常現象よりも、ずっと怖かった依頼はありました」
事件の依頼者は一人暮らしをしている女子大生だった。依頼内容は、住んでいる部屋でポルターガイスト現象が起きるのでなんとかして欲しいというもの。出かける前と帰って来た後で物の配置が微妙に変わっているのだという。警察に相談しようと思ったが、こんな話信じてもらえるか分からない。そこで『ミステリー調査同好会』に調査を頼んだのだ。
「それで調べてみたんですが、物を動かしていたのは、彼女のストーカーだったんです」
ストーカーは依頼人の鍵からこっそり合鍵を作って部屋の中に侵入すると、なんとそのまま天井裏に住み着いていたのだ。そして彼女が出掛けると、天井裏から降りてきて部屋の物をあさっていたのだという。
そのストーカーは逮捕され、依頼人も無事だった。
「怖い話ですね」
「どんな怪奇現象や怪物よりも、本当に怖いのは生きている人間なのかもしれません」
創作物でよく見る言葉だけど、まさしくその通りだと思う。
「他にどんな事件があったんですか?」
「夜な夜な壁に化け物の影が現れるので何とかして欲しいって依頼もありましたね。うちの部長は『シャドーマン事件』って呼んでますけど……」
気付けば僕は彼女と普通に会話していた。さっきまでの緊張が、まるで嘘みたいに消えている。彼女と話していると、なんだか楽しい。
そういえば、まだお互いに名乗っていなかった。僕は彼女に尋ねる。
「よろしければ、お名前を訊いても良いですか?」
「はい。もちろん」
彼女は柔らかな笑みを浮かべた。
「
「……えっ⁉」
僕は思わず声を上げた。黒原蕾って、まさか!
その時、船内アナウンスが流れる。
『皆様、間もなく船は月辺島に到着いたします。お荷物など、お忘れ物のないよう……』
「どうやら、もうすぐ島に到着するみたいですね。まだ話したかったのですが、残念です」
黒原さんは嘆息した。
「では、私は下船の準備をしてきます。雨音さん、また島でお話しましょう」
「は、はい」
黒原さんは頭を下げると、船の中に戻った。少しして僕も展望デッキを後にする。
それから約十五分後、船は『月辺島』に到着した。
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