第9話 ファントム事件簿⑧

久遠家に訪れた雅也と理緒は、畳張りの客間に案内された。

広さは8畳ほどで奥には仏壇が置かれ、部屋の中央には足の短い長机が設置されている。外観もそうだったが、内装も一般家庭よりも豪華な造りだ。

「娘もしばらくしたら帰宅すると思いますし、こちらでお待ちください。今、お茶をご用意しますね」

上座に座布団を用意し、久遠母はお茶をいれるために部屋をあとに。それを確認した雅也は、用意された座布団に腰を下ろし部屋の中を見渡した。

「それにしても、なかなかどうして立派なお家だね」

「所長。じろじろ見渡すのは流石に失礼です」

「確かにそうだ――」

理緒に脇腹を小突かれ、笑い返そうとしたところで、しかし雅也は息を飲んだ。

そんな上司の様子に、強く小突きすぎたかと理緒は慌てて顔を向ける。すると、雅也はある一点を見つめ、まるでお化けでも見たかのように驚きに目を見開いていた。

そう、欄間に飾られている先祖と思われる人たちの遺影の中にある少女の遺影を目にして。

その事に気付いた理緒もまた、驚きに息を飲んだ。

ここに飾られているということは親族だ、見た目が似ることもあるだろう。けれど、これは。

「似すぎていますよね?」

「あぁ。今まで会っていたあの子が、幽霊だったんじゃないかと思ってしまうほどにはね」

実際、その遺影の少女は本人と比べ幼さは感じるものの、まさに瓜二つと言っても過言ではない――そう、今回の依頼人である久遠春菜と。

すると、そんな時だった。

「その子は夏希と言いまして、二年前に他界した、春菜の双子の妹です」

いつの間に戻ってきていたのか、湯呑みの乗ったお盆を持った久遠母が居間の入り口に立っていたのだ。

「春菜と比べ、成績は悪くて落ち着きのない子で、生前は春菜と比べられることも多かったと思います。けれど、明るく私たち家族を照らしてくれる太陽なような子でした」

今はいない娘を慈しむように、優しい顔をしながら、湯呑みを配膳する久遠母。

「春菜と二人でいたところをひき逃げにあい、春菜は無傷でしたが、夏希は……」

「そう、でしたか」

眉を下げ、沈痛な面持ちの雅也と理緒。

その事に気付いた久遠母は、努めて笑顔を作り。

「あらやだ、ごめんなさいね。こんな重苦しい話を聞かせてしまって」

朗らかにそう笑って見せた。けれど、そんな空元気に雅也達も気付かないはずがなく、より重たい空気が流れる。

と、そんな時だった。

「ただいま帰りました……って、どうしたんですか?」

いつの間に帰ってきていたのか、居間の襖戸から春菜が顔をのぞかせたのだ。

そのことに気付いた久遠母は手早く配膳を済ませ、くるりと反転し、春菜のもとへ。

「お帰りなさい、春菜。早かったのね」

「そりゃ、お客さんを待たせるわけにはいけないから」

「それもそうね。それじゃあ、お母さんは夕飯の用意してるから何かあったら呼ぶのよ」

それだけ言い残し、久遠母は居間を後に。その後ろ姿を見送った春菜は雅也たちの対面に腰を下ろした。

「すみません、お待たせしてしまって」

「いやいや、こちらこそゴメンね。家にまでお邪魔しちゃって」

そう返した雅也は、ふと欄間に飾られている春菜の妹の遺影と春菜を見比べてしまう。

やはり似ている。春菜の中学生時代の写真といわれても違和感ないほどだ。しかし、その視線に春菜は気付いたようで。

「やっぱり似ていますか? 私と妹」

どこか感情を感じさせない声色の問いかけ。それは普段の柔和な春菜とはかけはなれたもので、思わず息を飲む雅也と理緒。しかし、春菜はすぐに普段通りの柔和な笑みを浮かべ。

「よく間違えられてたんですよ。幸い、服の趣味が真逆だったからそれを目印にしてもらってましたけど」

苦笑混じりにそう告げた春菜は、おもむろに通学用バックからルーズリーフを取り出した。

そこに描かれていたのは学校の手書きの見取り図だった。ただし、何ヵ所かに丸が記入されているが。

「これは、お願いしてたものかな?」

「はい。校内見取り図と、実際にボヤがあった場所です」

高校を追われる直前、雅也はもう一度状況を整理するためにこの地図の作成を春菜に依頼していたのだ。

雅也と理緒は二人してその紙面を覗き込む。


「被害が出ているのは、校舎裏の駐輪場、中庭の木、体育館裏にある体育倉庫、入学式前日に敷地内の校門脇に用意されていた入学式の看板か」

「こうしてみると、まるでバラバラですね」

「いや、そうでもなさそうだね」

 理緒と二人、見取り図に視線を落としていた雅也だったが。

「ねぇ、春菜くん。このボヤ騒ぎのあった場所って、近くに他に燃えそうなものってあったかい?」

 二人の様子を見守っていた春菜に、そう問いかけたのだった。

 それを受け、春菜は宙を見上げ思案し。

「ない、と思います。駐輪場は校舎から多少離れていますし、そもそも鉄製だからそう燃え広がる物ではありません。体育館倉庫も体育館から多少離れていますし、周りに木はなくコンクリート状のブロック塀がその後ろにあるだけです。中庭の木も、中庭中央に一本植えられていただけでしたし、入学式の看板も翌朝すぐ設置できるようにと担当の教師が、校門近くの地面に寝かせていたみたいなので」

「そうか。となるとやはり犯人は、あくまでボヤ騒動を起こすことだけが目的みたいだね」

 雅也のその言葉に一人首を傾げる理緒だったが、そのまま話は進み、完全に日も落ちてきたころだった。

「あの、もういい時間ですしお二人もご夕飯どうですか?」

 エプロンを身に着けた久遠母が、今の入り口からそう声をかけてきたのだ。

 その提案を受け、雅也は隣の理緒の様子をうかがう。すると、目を失せていたので。

「いや~すみません。お言葉に甘えたいのはやまやまなんですが、この後も予定がありまして。このあたりで暇させていただきます」

 丁重に断りを入れ、久遠家を後にしたのだった。

 

「どういうことですか、所長」

 久遠家を後にし、相談所へ戻る道すがら理緒が不意にそう口を開いた。

 街灯が照らす、人通りの少ない路地を先に歩いていた雅也は、その問いかけに足を止めて振り返った。

「何がだい、理緒くん」

「先ほどの、久遠家で話していた、犯人の目的がボヤを起こすことだけって話です」

「あぁ、そのことか」

 近場にあった塀に寄りかかり、雅也は夜空を見上げ。

「もともとおかしいと思っていたんだ、これだけの回数火災が起きているのに、その全てがボヤ騒ぎに収まっていたことに。もし本当に火災を起こしたかったら、仮に一回目がボヤ騒ぎに終わっても、都度火力を上げればいずれ校舎を飲み込む大火災になったはずなのに、一向に被害が拡大する様子がなかったからね」

「確かに、言われてみればそうですね。でも、何のために?」

 理緒の問いかけに、雅也は肩をすくめ。

「さあね。けど、確かなことが一つ。やっぱり犯人は学校に関わりのある人物だってことだね」

 そう返し、雅也は塀に寄りかかるのをやめ不敵に笑みを浮かべた。

「とりあえず、一つ調べてほしいことがあるけどいいかな?」

 

 



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