第7話ファントム事件簿⑥
「これはまた、随分派手に燃えたみたいだね」
立花高校での調査二日目。調査拠点でミーティング中にボヤ発生の知らせを受けた雅也と理緒の二人は春菜に先導され、グラウンドに到着した。そしてその中央、本来なら白いはずであろう、今は黒く焦げているサッカーゴールを前に、雅也は思わずそう呟いた。
「六時間目の授業終了後、サッカー部員がグラウンドに到着した時点で既に火の手が上がっており、先ほど消化し終えたところです」
そんな春菜の説明を受け、辺りを見渡す雅也。なるほど、やけに遠巻きに多くの生徒達がこちらを眺めているなとは思ったが、今は放課後だったのか。
「所長、これって少しおかしくないですか?」
「何がだい、理緒くん」
「だって、今までは少なくとも校内に人の少ない夜間に犯行が行われていたのに、今回に限ってはまだ大勢の生徒が校内に残っている時間に」
「おぉ、よく気がついたね。そしてもちろん、変化があるということには、そこには何かの意図が介在する。例えば」
そこまで、雅也が口にしかけたときだった。
「これは一体なんの騒ぎだ!」
グラウンドに怒号を響かせ、理事長が数人の教師を引き連れて校舎から駆けよってきたのだ。
焼け焦げたゴールポスト前に着いた理事長はそれを一瞥し、引き連れてきた教師たちに向き直る。
「これは一体どういうことだ!」
「は、はい。件の事件と同一かと」
「そんなことは分かっとる! そんなことより」
シドロモドロに返答した教師を一喝し、理事長は雅也と向き直り、きっと睨み付け指差した。
「おい小僧! 笠原といったか?」
「これはこれは理事長先生、ごきげんよう」
「くだらん挨拶はいい。それよりこれはどういうことだ」
そう吐き捨て、理事長は傍らのゴールポストをゴンッと叩いた。
「貴様らは連続ボヤ事件を解決するために来たのだろう。それなのに、なぜまた事件が起きている!」
「いやー、なんでと言われましても。そりゃ1日2日解決できるなら、僕らみたいなのの存在意義無いですからね」
「だとしても、これはどういうことだ。今までは夜間に起きていた事件が、貴様らが介入すると同時に昼間に発生。よもや、貴様らが捜査に乗り出したせいではあるまい?」
見下すように下卑た嘲笑を浮かべる理事長。
そしてついに、今まで奥歯を噛み堪えていた理緒が限界を迎えた。
「だまって聞いてれば、好き勝手に」
怒髪天を衝くとはこの事か。理事長を睨み付け、ドンッと強く一歩踏み込む。その勢いに押されたじろぐ理事長。しかしそんな2人の間に入り、雅也が理緒を手で制した。
「理緒くん、ステイ」
「しかし所長」
「ここで言い合いになり、警察でも呼ばれたら不利なのは間違いなく僕らだ。今は引くしかない」
「……分かり、ました」
苦虫を噛み潰し、雅也の後方に下がる理緒。その様子に、完全に気圧されていた理事長が勢いを取り戻す。
「と、とにかくだ! これ以上貴様らの校内での調査は禁止する。それでも調査を続けるというのなら、不法侵入で警察につきだすから覚悟しておけ」
それだけ吐き捨て、雅也達の返答も聞かずに理事長はズカズカと 足音をたててその場をあとにした。
「はーやれやれ、やっと静かになったね」
理事長の姿が見えなくなったのを確認し、後頭部で両手を組みぼやく雅也。そんな彼を前に、春菜がおずおずと声をかけてきた。
「あ、あの。すみませんでした、理事長が失礼なことを」
「ん? あぁ、気にしなくていいよ。君はなにも悪くはないんだからさ」
「だけど、アタシが事前に理事長をもっとしっかり説得できていれば、お二人にこんな不快な思いは」
「久遠さん、残念ながらそれは無意味な仮定かと」
言いよどむ春菜に対し、ピシャリと言い放つ理緒。それを受け、春菜はうつむくが。
「例えかの人が私達に反感を抱いていなくとも、あの様子では、私達は間違いなく不快な思いをしていたでしょうから。もはや、一種の才能です」
そう口にし、口角を僅かにあげどこかいたずらっ子のような笑みを浮かべる理緒。その様子を前にし、さっきまで曇り顔だった春菜は目を丸くし、思わず小さく吹き出してしまい、
「確かに、それはそうかもしれませんね」
曇り空が晴れ、日差しが差し込んだのだった。
女性人二人が朗らかな雰囲気を醸し出している反面、雅也は眉間にシワを寄せていた。
「しかし、これからどうするかね」
理事長にここまで悪し様に扱われたら、引き続き調査し事件を解決する義理はないかもしれない。現状から察するに、報酬も期待できないだろう。さらに、これ以上校内での調査をしようものなら警察まで出てくるとほのめかされた以上は、自身の身すら危うくなるだろう。
けれど、この一連の騒動の犯人が本当にエクステンダーだったら。
EPIがその犯人をもしも突き止めたとしたら。
雅也が、脳内でそう逡巡している時だった。
「でしたら、ぜひ我が家を調査拠点にお使いください」
パンッと手を叩き、朗らかに春菜がそう提案したのだった
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