第11話 ブラック&ホワイト(4)

 その日の深夜、ブラックは一人暮らしのアパートの部屋で、一枚の写真を見つめている。


 幼稚園児のブラックを後ろから抱きしめている、小学二年生の姉、紅葉(もみじ)。まだ両親が健在で、幸せ一杯だった頃の写真だ。


(まさか、お姉ちゃんがワルダ―の幹部だったなんて……)


 ブラックはまだ、姉がホワイト将軍だったと仲間に言えないでいた。事情を知っているブルーも黙っていてくれている。


「私はこれからどうすれば良いの……」


 そうブラックが呟いたその時、インターフォンが鳴った。


「こんな時間に誰?」


 ブラックは不審に思いながらも、インターフォンに出る。


「はい」

「あっ、若葉? 私よ、紅葉」


 インターフォンから聞こえてきたのは、ホワイト将軍である姉の紅葉の声だった。


 ブラックは玄関まで行き、ドアスコープで来訪者を覗き見る。


「お姉ちゃん!」


 ブラックは紅葉の顔を確認すると、慌ててドアを開けた。


「お姉ちゃん、どうしてここが……」

「まあ、それは追々話すよ。とりあえず中に入れてくれる?」


 紅葉は白いTシャツにデニムパンツと、まるでちょっとコンビニに行くようなラフな服装だった。知らない人から見れば、とてもワルダー幹部のホワイト将軍だとは思わないだろう。


「どうぞ」


 ブラックは懐かしさよりも警戒心を持って、紅葉を部屋の中に入れた。


 部屋は2Kのアパートで、一部屋を寝室、一部屋はローテーブルを置いてリビングとして使っている。ブラックはリビングに紅葉を通した。


「へー、結構綺麗に片付いているんだね」


 紅葉はローテーブルの前に座り、部屋を眺める。


「あっ、これ私達の子供頃の写真ね! 懐かしー、あっ……」


 ブラックはローテーブルの上に冷えた麦茶を置くと、紅葉が手に持った写真を取り上げた。


「どうしてここが分かったの?」


 ブラックは紅葉の前に座ると、冷たい表情で聞いた。


「私の超能力を使ったんだよ。『千里眼』って言ってね、一年以内に会った私が相手を認識している人は、その人の様子が離れていても見えるの」

「そ、それって、私の行動を盗み見たってこと?」


 ブラックは不信感を露わに問い詰める。


「いや、今日久しぶりに会ったのに、ろくに話も出来なかったから……勝手に覗き見なんてしないよ。今回は仕方なくだよ」


 紅葉の言い訳を聞いても、ブラックは不機嫌な表情を崩さない。


「で、話って何?」

「ちょ、そんな喧嘩腰じゃ話も出来ないじゃない」

「当たり前でしょ! お姉ちゃんは私を捨てて出て行ったんだから」


 ブラックは感情的に言い返した。


 二人は小学生の頃に両親を事故で亡くし、親戚の家で暮らすことになった。だが、愛情を持って育てられた訳じゃなく、常に厄介者扱いされていた。


 紅葉は高校二年の夏、中学三年生のブラックを残して、親戚の家を飛び出した。


 二人はそれ以来顔を合わせていない。


「若葉はあの家に居場所があるんだと思ってたよ……いつも笑顔だったから」

「それは……」


 ブラックは「……お姉ちゃんが居たからだよ」と続く言葉を飲み込んだ。


「私はあの家にあれ以上住み続けることが出来なかった。でも若葉を一緒に連れて出る程力も無かったし、必要だとも思って無かったんだ……」


 紅葉の言葉には力が無く、独り言を呟いているようだった。


「でも一緒に連れて行かなくて良かったよ。あんな思いを若葉にはさせたくない。それは今でも思うよ」


 ブラックは姉の告白を聞いて、自分の中の恨みが徐々に消えて行くのを感じた。残された自分が苦しんだのと同じように、去って行った紅葉も苦しんだと分かったから。


「もう良いよ、お姉ちゃん。今までのことはもう良い。だからワルダ―の幹部を辞めて、一緒に暮らそうよ。これからは二人で力を合わせて、ね」


 ブラックがそう提案しても、紅葉の表情は暗いままだ。


「ごめん、それは出来ないよ」

「どうして?」

「私には裏切れない大切な人が居るんだ。あいつが居なければ、私は今でも地を這いずり回っていた。彼は私に居場所をくれたんだ。だから若葉と一緒に居ることは出来ないの」

「そんな……ワルダ―は悪事を働いているのよ。その人も悪人じゃない!」

「ごめん。それは分かってる。でも何か考えがあってワルダ―に居ると思うんだ。私はあいつを信じている」

「お姉ちゃんは騙されているのよ!」

「それは違う!」


 ブラックは紅葉の言葉が信じられなかった。騙されているとは思うが、姉を説得できそうも無かった。


「その人って海で一緒に居た人?」

「うん……」


 ブラックの頭に、海で見た死神執事の姿が浮かんだ。


「じゃあ、これでもう私達は敵同士ね」


 ブラックは紅葉を突き放してみた。これで気持ちが変わることを願って。だが、紅葉の表情に変化は見られない。姉妹で敵同士になることを受け入れているようだ。


(お姉ちゃんは、私よりあの人を選んだんだ……)


「今日は会えて良かったよ。もう金輪際あなたのことを姉とは思わないわ」


 ブラックは気持ちを押し殺して、そう言った。


「若葉……」


 妹の絶縁宣言とも言える言葉に、紅葉は胸が締め付けられた。


「さあ、もう帰って。大切な人が待って居るんでしょ?」


 紅葉は悲しみを堪えて、深く深呼吸した。


「分かった、今日は帰る。……でも、若葉はずっと私の妹だよ」


 立ち上がって玄関に向かう紅葉の姿を、ブラックは見つめる。紅葉は振り返ることなく、そのまま出て行った。


 一人残されたブラックはしばらく肩を震わせていたが、耐え切れずにテーブルに突っ伏して、大声を上げて泣き出した。



 玄関を出た紅葉は、死神が待つアパートの前に停めた車に向かう。


「もう、終わったんですか? 早いですね」


 助手席に乗り込んで来た紅葉を見て、死神が意外そうな顔で言う。


「死神、一つだけ頼みがあるの……」


 紅葉は俯いたまま呟いた。


「はい、何でしょうか?」

「しばらく私を抱き締めてくれない?」


 紅葉のお願いに死神は驚いたが、理由を聞くことも無く「分かりました」と返事をして紅葉の体を抱き締めた。


 死神に抱き締められた紅葉は、しばらく嗚咽を漏らしていたが、やがて大声で泣き始めた。死神は何も言わずに、紅葉の気持ちが治まるまで抱き締めていた。

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