暁と茜

凪乃蒼

暁と茜

窓を開け、差し込む陽射しに欠伸を返す。

今日も朝が来てしまった。

落ちる瞼を支えながら朝食の用意をする。

用意と言ってもご飯の上に卵を割るだけだ。

醤油をかけてテレビをつける。

今日もまた、一日が始まる。


窓を開け、カーテンの隙間から見える月を撮影する。

今日は十三夜月だ。

髪にブラシを通してひとつにまとめる。

トースターにクロワッサンを入れ、コップに牛乳を注ぐ。

スマートフォンを立ち上げお気に入りのプレイリストを再生する。

今日もまた、一日が始まる。



「朝の皆さん、おはようございます。夜の皆さん、お疲れ様です。報道ダイアログです。本日で生活基本法が制定されて三十年が経ちました。この法律では、ご存知の通り最先端AIによって個々のDNAを判別し、それぞれが暮らしやすい社会づくりを行っております。それにより人々は大きく朝型、夜型と分けられ今の社会を形成しているのです。それではここから―」

生まれてから何度も聞いた内容が電光掲示板に表示される。欠伸をかみ殺し人々を避けながら交差点を渡る。この道を通い始めて二年、今だ慣れない。このニュースを聞く度に自分は本当に朝型だったのかとAIに聞きたくなる。毎朝重い体を起こし欠伸をしながら電車で通うこの日々が自分に合っているとはとても思えない。暑い日差しにももううんざりしていた。

「おはようございます」

社員証をかざして扉を開けるとオフィスには誰もいなかった。いつも通りだ。オフィスとは名ばかりで社員全体で海外支部が多く、リモートで仕事をする者が多い。コーヒーを入れて席に座る。時計を確認してパソコンを立ち上げた。



「朝の皆さん、おはようございます。夜の皆さん、お疲れ様です。報道ダイアログです。本日で生活基本法が制定されて三十年が経ちました。この法律では、ご存知の通り最先端AIによって個々のDNAを判別し、それぞれが暮らしやすい社会づくりを行っております。それにより人々は大きく朝型、夜型と分けられ今の社会を形成しているのです。それではここから―」

電光掲示板を横目に帰路に着く。今日は遅くなってしまった。扉を開け、重い鞄を肩から下ろす。隙間から差し込む太陽が眩しい。シャワーを浴びて髪を乾かしていると母親から連絡が来た。母、父、弟が綺麗な建物を背景に笑顔を向けている写真だった。私の家族は私以外全員朝型だ。国全体で見ても朝型の方が多いのだから当然と言えば当然なのかもしれないが私は返信もせず電源を切った。水を飲んで布団に入る。今日も一日が終わった。



仕事が終わり帰路についていると一人の女性と目が合った。何をするでもなくただ通り過ぎる。この街らしい。朝型と夜型に別れて通勤ラッシュはだいぶ落ちた着いた、らしい。私は生まれてからこの状況だから知らないが、少し前までは全ての人間が朝型で動いていたと両親が言っていた。夕日に目を瞬かせながら道を歩く。今日の夕飯は餃子にでもしようか。



バイト先に向かう途中、一人の男性と目が合った。きっと朝型の人だろう。くたびれた雰囲気を漂わせていた。思わず目で追ってしまう。正直、朝型の人達の方が生きやすいと私は思う。日差しを受けながら仕事に行き、暗くなったら家に帰る。明るいうちに行動できるということが正直、羨ましかった。この法律が出来て、実際社会活動が活発になったという訳ではないらしい。どこも二十四時間営業を余儀なくされ電気代は2倍近く。だったら全員朝型に戻してくれていいのに。月に追われながら足を進めた。



仕事もないのに朝早くに家を出た。いつもより早く起きてしまい、二度寝もする気にならなかった。朝の空気は気持ちがいい。冷たく澄んで、静かに頬を撫でる。近くの公園へ向かうと先客がいた。昨日の女性だった。一人でベンチに座っている。この時間にいるということは夜の人なのだろう。少し近づくと、砂利が靴の裏で音を立てた。彼女がこちらに気づいた。



ジャリっという音がした。驚いて音の方向に顔を向けると昨日の男性が立っていた。

「昨日の」

気づいたら声が出ていた。彼は慌てた様子で「あっ、どうも」と言った。

「ストーカー…」

「違うんです。たまたま。近くに住んでいるので」

「朝の人がこんな時間に」

時計を見ると朝の五時を過ぎた頃だった。仕事だとしてもさすがに早い。

「今日は仕事じゃなくて。早く起きたので散歩でもと。えっと、お仕事終わりですか?」

「そうです」

「こんな遅くまでお疲れ様です」

彼とは時間の感覚が違うのだろうなと思った。お互い気を使っているが、私にとっての朝五時は普通の仕事終わりで彼にとっての朝五時は少し早い時間なのだろう。

「朝型の方はいいですね」

少しの間沈黙が流れる。言ってしまったと思った。彼にこんなことを言ったところでどうにもならないのに。



「朝型の方はいいですね」

彼女が唐突にそう言った。あまりに唐突だったため内容が頭に入ってこない。

「と、言いますと」

「なんでもないんです。気にしないでください」

彼女も驚いていた。きっと不意に出てしまった言葉だったのだろう。

「僕は夜の方たちが羨ましいですよ」

「朝だから言えるんですよ」

それはそうだ、と思った。まさに隣の芝は青く見える。当事者以外には分からないこともあるのだろう。

「夜好きなんです。星とかライトアップした街とか。あとは朝起きるのが苦手で」

「それは起きるのが苦手なだけでは」

彼女はなかなか鋭い所を着いてくる。立って見下ろす形になっている彼女はなんだか小さく見えた。

「どうして夜が嫌なんですか」

「だって…」

彼女は言葉を吐き出し始めた。



「どうして夜が嫌なんですか」

彼にそう尋ねられら見ないふりをしていた感情が溢れてくるのが自分でわかった。

「だって、私の家族みんな朝型なんです。出かけたりするのも予定も何も合わないし。学校に行っても夜は生徒が少なくて。修学旅行でもいつも夜。綺麗な風景も日差しが眩しいみたいなのも知らないんです。昔の本を読んでいても共感できない。私も明るい太陽の下で…」

スカートに水滴が垂れた。雨かと思ったがそれは自分の涙だった。感情が高ぶったのだ。知らない人の前で泣くなんてみっともなくて、恥ずかしくて、収まれと思うほど涙がこぼれた。

「そう…ですよね。夜の人の気持ちなんて考えたことありませんでした」

彼は私を見て少し狼狽えたあとそう言った。鞄からハンカチを取りだし化粧が落ちないように涙を拭う。

「私だって朝の人が夜の方がいいなんて思うこと初めて知りました」

「すいません。嫌味みたいですよね」

彼が必死に謝る。その必死さがなんだかおかしかった。



先程まで涙を流していたかと思えば、彼女は笑いだした。

「あなたはなにもわるくないじゃないですか」

彼女に言われて夜について考えた。朝は暑いし眩しいしと思うが夜にはそれがない。悪い意味で。道端に花が咲いても暗闇に埋もれてしまう。

「朝と夜はどっちもあってこそなんですよ。きっと。切り離すものじゃない」

「朝があれば夜も素敵に思えるのかもしれません。夜だけだと退屈です。一緒に署名でもしませんか?」

「面白いですね。それ」

そんな簡単に変わるだろうか。しかし物事はきっと些細なきっかけから動いているのだろう。僕が動けば、彼女は明るい日の下で好きなことが出来るかもしれない。

「今度、僕に夜を教えてください」

「私には朝を教えてください。一日かけて両方みたいです」

僕と彼女は悪い計画を立てた子供のように見合って笑った。太陽が僕たちを照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暁と茜 凪乃蒼 @kariena1027

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ