飼っていたネズミが死んだ。
もちもちおさる
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飼っていたネズミが死んだ。路地裏で捕まえたやつだった。ぼくと暮らしているニンゲンは、それを知ってとても怒った。いじめたからでしょう、って。ネズミからしたらね、ネコは体の何倍も大きい怪物なんだよ、って。それなら、ぼくにとってのニンゲンだって怪物だ。ネコ語がわからないおまえに何を言っても無駄なんだから、勝手に怒ってろよと思った。
ぼくは逮捕され、裁判にかけられることになった。あのネズミには家族がいたらしい。そんなの知らなかった。だって言ってくれなかった。
罪状は「
それからいくら暴れても誰も見にこないので、ぼくは疲れて横になった。今頃、ネズミのお葬式をしているのかな、本当だったらぼくもそこにいたはずなんだ、だってぼくは殺してなんかないもの。小さな箱に、もう動かないネズミを入れるニンゲンの姿を思い出した。あんなことのために、ぼくはそうしたんじゃないのに。なんで一緒にいちゃいけないの。なんでぼくを怒るの。そう思うとじわじわ目が濡れてきて、鼻がつまって髭が垂れた。気持ち悪い。悲しいならもっと怒っていいはずだ。もっと怒っていいはずだ。
牢屋のベッドはとても硬くて、寝られないほどではないけど、家のとは比べ物にならないほどひどいものだった。ぼくはネズミのことを思い出してしまったので、彼にベッドを用意したときのことを夢に見た。枯葉とか枝はチクチクして嫌なので、もっとふわふわのものにしてくれと言われた。なので、ぼくはニンゲンがぼくの毛を集めて丸くした毛玉をあげた。彼は二、三度それに寝っ転がって、いいでしょう、とか、まぁまぁですね、とか言った。そしたらすぐにスヤスヤ眠り始めたので、なんだかぼくも眠たくなったのだ。そのときはとても温かかった。何もかも。
ぼくは殺してなんかないんだ。だってネズミはぼくに一番懐いてたし、あげていいものだってちゃんと聞いたんだ。ペットショップのネコに。だからちゃんと元気に、元気にしてたと思うんだ。そんな感じのことを通訳してもらうと、また面会に来た飼い主のニンゲンは少し黙って、うん、そうだね、りっぱに骨が残ってたよ、と言った。お医者さんにさっき聞いたんだけど、寿命だろうね、だからネコちゃんは悪くないね、怒ってごめんね、みたいなことを続けた。ネズミは身体が小さいから、何で死んだかわかりにくいんだって。なんだかかわいそうだ。ネコとネズミの命が違うみたいだ。ネコとニンゲンの命が違うみたいだ。ぼくが黙っていると、弁護士のネコは言った。死因は寿命ですが、ネズミの遺族はあなたがネズミを捕まえたことに対して憤慨しています。強引に捕まえたせいでストレスがかかり、それで寿命が縮んだのだ、と。そう言われると、確かにぼくは悪いネコなんだろうなと思ってしまう。ニンゲンは何も言わなかった。もう怒らなくていいのに、そんなかわいそうな顔をしないでほしい。
でも、ぼくはネズミを殺したくてごはんをあげたんじゃないし、ベッドをあげたんじゃないし、骨なんて残っても、そんなのにしたかったわけじゃないよ。どうして一緒にいれないの。ネズミも、きっとそう思ってたに違いないよ(これは身勝手な発言ですから慎んでくださいね、と弁護士のネコに釘を刺された)。ぼくがゲーッと吐いたときも、そんなの知らないよ、みたいなフリをしていた。飼い主のニンゲンはいつも、ネコちゃんは大変だねとか言いながら掃除をするので、何がわかるんだよと少しうざったいんだ。だからたぶん、ニンゲンには無いものがネズミにはあったんだと思うし、それはネズミにとっても、ニンゲンにとっても、誰にとってもそういう関係というのがあるはずなんだ。なのに、なんでぼくはここにいるんだろう。またワァーッと大声をあげると、ぼくはすぐに面会室から連れ出されて、牢屋に閉じ込められてしまった。怒っているのに目が濡れて、変な感じだった。もっと怒ったらスッキリするのかもと思ったけれど、全くそんなことはなくて、どんどん胸が重くなっていった。このままだとお腹まで重くなって、ぼくは全身が弾け飛んでしまうかもしれない。それもいいかもしれない。
「開廷します」
ぼくの裁判の日が来た。裁判長のニンゲンがぼくを見下ろす。傍聴席には飼い主のニンゲンと、他に知らないニンゲンとネコがたくさんで、あとネズミの遺族らしいネズミたちもいた。ネズミの写真を手に抱いていた。法廷画家のニンゲンがぼくを描いていたけれど、ちゃんとカッコよくしてくれたかな。
ぼくは、裁判長や検察官のニンゲンに、弁護士のネコと事前に打ち合わせしたことを答えた。ネコ語がわからないくせにじろじろ睨んでくるものだから、ぼくは大声をあげて暴れだしたくなった。けれど、弁護士のネコにそれは絶対にやめてくださいと言われていたので、我慢した。ネズミと暮らしていたこと、ニンゲンと一緒に生活できていたこと、ぼくはちゃんと努力したこと。そんなことを話して、弁護士のネコはネズミの食べ物やベッドを証拠品として提示した。すると、検察官のニンゲンが言った。
「ネコちゃんさん(本当は被告ネコと呼ぶべきだけど、嫌なので配慮してもらった)、そもそも、なぜあなたは被害者を捕まえたのですか?」
それは、と言いかけて、ぼくの口は突然動かなくなってしまった。彼が路地裏で弱っていたから助けてあげようしたんです、そして家族の一員となったんです、と続けようとした。でもこれは、弁護士のネコが用意した答えだ。本当はそうじゃない。ぼくは最初、捕まえておやつにしようとしたんだ。でもやっぱりお腹いっぱいで、そうだペットなるものを飼ってみようと思っただけなんだ。正直に言ったら有罪ですよ、一生牢屋の中ですよ。弁護士のネコの言葉が頭をよぎる。確かにそうかもしれないけど、でも、それは、彼に嘘をついてるみたいだ。ぼくがあんなに怒った意味が、全部無くなってしまう気がした。
ぼくは正直に話した。弁護士のネコの毛が逆立っている。裁判長のニンゲンは、なんと身勝手なネコなんでしょう、という感じの顔をした。飼い主のニンゲンは、ワッと声をあげてとうとう泣き出した。ネズミたちのヒソヒソ声が聞こえる。ぼくには聞こえないけど、ニンゲンには聞こえるくらいの、大きくはないけど確かに無音ではない、そのぐらいのヒソヒソ声だった。ニンゲンにはネズミ語がわからないけど、たぶんそのときはわかったんだと思う。ぼくにも、聞こえないけど聞こえた気がした。悪いネコ。検察官のニンゲンがぼくを責めるように話しているが、もうよくわからない。よくわからないけど、そんなんじゃない! そんなんじゃないんだ、ぼくは、
裁判長のニンゲンはため息をつき、そろそろ閉廷したいな、みたいな顔をしている。ぼくはワーッと大声をあげようと、息を吸い込む。全身の毛が空気をはらんで、ぶわぶわ膨らんでいる気がする。お腹が爆発しそうなくらいになった瞬間、法廷の扉がばたりと開いた。
「先生! ありました」
勢いよく入ってきたのは、弁護士の助手のネコだった。彼は何か小さな紙を持っていて、それを弁護士のネコに急いで手渡した。弁護士のネコの尻尾がピンと立ち、彼は法廷に響き渡るくらいの声で言った。
「裁判長! 追加の証拠品を提出します。被害者の遺書が見つかりました」
弁護士のネコが手元のパソコンとプロジェクターをちょんちょんといじると、設置されたモニターにその遺書が映し出された。遺書なんて初耳だ。何かを残していた素振りなんて無かったのに。いや、そもそもぼくはネズミの家族のことすら知らなかった。遺書の一つや二つ、気づけなくて当たり前なのかもしれない。お腹がしぼんでいく。すると、助手のネコがこっそり耳打ちしてくれた。
「ネコちゃんさん、あなた宛てですよ」
弁護士のネコが、ぼくのご飯入れにこれが隠されていたこと、書かれた日付や筆跡から、ネズミのものであることを淡々と説明していく。まるで、最初からわかってたみたいだ。
そういえば、弁護士のネコに聞かれた気がする。ネズミが死んでしまう前に、彼と何を話したか。彼はぼくの名前を聞いて、そんな名前だったんだ、とけらけら笑っていた。ぼくは少しムキになって、じゃあきみは何て言うんだよ、と言ったら彼は、特に無いんですけどと続けて、こう言った。
ハツカネズミって言うんですよ。二十日の命だから、「ハツカ」。ふふ、嘘みたいでしょう。嘘ですよ。本当は違うんですよ。でも、ほんの少しくらい、ぼくみたいな例外がいてもいいんじゃないかって思うんですよ。チーズとかあんまり好きじゃないけど、一度くらいはお腹いっぱいに食べてみたいじゃないですか。そういうことですよ。
独り言みたいに言っていた。ぼくはいまいちよくわからなくて、それはぼくがチョコレートを食べてみたいって思うようなこと? と聞いたら、全然違いますよ、と彼は笑っていた。本当、全然、と続けて、ネズミは顔を背けてしまった。もしかしたら、一生わからない話なのかもしれない。だって、ネコには九つの魂があるらしいから。でも九つなんて多すぎるからいらないよ。一つくらい、あげれたらいいのに。
それから彼が、小枝を手に取って、地面にいくつか文字を書いた。小さすぎて文字のように見えなかったけど、彼はこれがぼくの名前、それでこっちがきみの名前、と言った。よく見るとネズミ語で書いてあった。ぼくはネズミ語を話せるけど読めないネコだったので、そこになんて書いてあるかわからなかった。でも、そうなんだ、へぇ、勉強してみようかなと返すことはできた。ネズミはチラッとぼくを見て、そうですか、じゃあ頑張ってと言った。そういうふうなことを話した次の日に、ネズミは死んでしまった。
弁護士のネコはとても頭がいいから、それでネズミが死期を悟っていたことに気づいたのかもしれない。ぼくは何にもわからなかった。ハツカネズミのことも、ネズミの家族のことも。ニンゲンが、悲しいから怒ったんだってことも。でも、わからないから一緒にいたのかもしれない。
ぼくはモニターに映し出された遺書を見た。ネズミ語で書いてあった。ぼくはネズミ語を話せるけど読めないネコだったので、そこになんて書いてあるかわからなかった。ただ、そこに並んでる小さな小さな、薄くて歪な字を見て、ぼろぼろ涙が出た。手紙の一番最初と最後には、読めないけれど確かに見たことのある文字があった。なんでか、なんでかやっぱりわからなかったけど、もう怒らなくていい気がした。
飼っていたネズミが死んだ。 もちもちおさる @Nukosan_nerune
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