第10話 貧乏冒険者と現実

 その後、3日をかけて本当に第5層へ転移される罠が存在することが証明された僕はリーシアさんからお金を貰……おうとして、両腕が無いという単純な理由で困っていた。


 というかここ3日、困ってばかりだった。まず扉が開けられない、押し戸ならともかく引き戸が鬼門。というか押し戸を開けて扉から出たらその扉は僕の立ち位置の関係上引き戸になっちゃうから、結局全部の扉が対象になっちゃうけど。


 肩から先が無いせいで本当に不便、扉に付いた取っ手の部分まで足を上げて、つま先を引っかけて開けることでなんとか開けれることに気が付いたけど『やめなさい』ってリーシアさんに怒られて付きっ切りでお世話されることになりました。


 次にトイレ、これはもう……僕の名誉のために聞かないでくれ。とりあえず、ギルド長にはとっても感謝しているということだけは言っておくよ。


 そして最後に買い物、腕が無いから財布が取り出せない。メイおばさんに頼んでセール品の黒パン分のお金を財布から抜いてもらって口に突っ込んでもらうという光景をほかのお客さん達に見られて恥ずかしかったよ……


「腕が無いって、本当に不便ですよね」

「普通は腕が無いって本当に辛いことなのよリド君?君みたいに冷静を保っている事自体がまれなの」


 あっ、リーシアさん説教モード。今はお昼、そろそろ懐が寂しくなってきたのであの時身体に括り付けてでもオオカミの死体を持って帰れたら良かったなぁ……なんて考えていたところに、リーシアさんが転移罠の情報が本当だったとして報奨金を持ってきたところだ。


「ギルドの休憩室もずっと使われ続けるわけにもいかないし、私もギルド長も多忙の身だからずっとリド君のお世話をし続けられないの」

「うっ……すみません」

「だから、このお金は考えて使いなさい」


 そう言ってリーシアさんは僕の財布にお金を入れていく。その金額5000ギル、すごい……4桁ギルなんて僕初めて見た!

 驚いて目を丸くしている僕に、リーシアさんは『ギルド長と相談してちょっとだけ色を付けているのよ』とウインクしながら人差し指を立ててシーッと秘密にしていることを示している。


「本当は特別を出してしまうとダメなんだけどね?不完全な情報を掴ませてしまったギルド側の不始末のお詫びと……リド君がこれから生きるにしてもある程度のお金は必要だと思うから」

「リーシアさん……」

「冒険者っていうのは危険が常に付きまとうものなの、私たち冒険者ギルドはそんな危険な場所に人を送る仕事として……ちゃんと責任は負わないといけないのよ」


 私たちも、顔を知っている冒険者が死ぬのは辛いから。そういってリーシアさんは冒険者ギルドの扉を開けてくれた。

 ありがとうリーシアさん……冒険者ギルドを出た僕は、早速とある場所に向かう。武器を持てる腕が無い以上、冒険者を続けるには『あのお店』に頼むしかないよね。





 カランカランッと扉に付けられた来店を知らせるベルが鳴り、それに呼応するかのように奥から野太い男の声がした。


「いらっしゃい、ようこそ武器工房『ニーズヘッグ』へ!今日はどの武器を……って、坊主!?お前、それっ……!」

「あはは……おはよう、ポピンズおじさん」


 驚いて言葉を失っているポピンズおじさんに、僕は困ったように笑いかける。5000ギルで、良い武器作ってくれるかな?



「はぁ……ったく、馬鹿も向こう見ずもここまでくると天晴あっぱれだな」

「あはは、それほどでも」

「皮肉を込めて最大限貶してんだよ『狂人』が」


 ボコッと強めに脳天に拳を貰う僕。やめてよ腕無いんだから受け止められアダァ!?

 フンっと強く鼻を鳴らしてカウンターに戻るポピンズのおじさんはいつも付けている黒いエプロンを外す。


「今日は閉店だ」

「ええ!?」

「帰れ坊主、お前に武器は売らん」


 カウンター裏から新聞を取り出して椅子に座りこんだおじさんは、それ以上何も言うことなく新聞に目を落としていた。


「そ、そんなっ!たしかにおじさんから買った銅のナイフは失くしちゃったけど……ほらっ、お金!いっぱいあるんだよ!」

「…………」

「おじさん、言ってたでしょ?『坊主が俺の武器を買いに来る日は一体いつになることやら』って!今日がその日だよ!」

「…………」

「だからっ……だから……」


 何も言葉を発さないおじさんに勢いを失っていく僕。何を言っても聞いてくれないおじさんを見て、無力感が襲う。

 そんな時、不機嫌そうに舌打ちをしておじさんは僕の方を見た。そして……


「坊主、ちゃんと状況わかってんのか?」

「……え?」

「両腕を失って、日常生活もままならないんだろ。財布だって腰に巻き付けられたまま、もしここに来るまでに襲われて財布奪われてたらどうしてたんだよ」


 苛ただしげに僕に向かって質問するおじさん。考えたことも無かった……と呆然とした僕に、さらに重ねて舌打ちをしたおじさんは『だから武器は売らねえ』と続けた。


「現実見えてねーんだよ坊主。その財布の中身で武器買って、その後どうすんだよ、ああ?」

「それは……またダンジョンに」

「潜んのか?両腕も無い冒険者がダンジョンに潜るなんて自殺行為だぞ。坊主、お前は夢を追いかけて戻れないところまで落ちちまったんだよ」


 さっさとそんなくだらない夢諦めて、さっさと生まれた場所にでも帰んな。と取り付く島もないおじさん……くだらない夢、だって?

 確かに……おじさんからしてみれば、くだらない夢なのかもしれない。でもね、僕の『冒険者になる』っていうのは、もう諦められるような夢じゃなくなったんだ。僕は第5層のオオカミで経験した『冒険』を思い出す。


 ああ、何度思い出してもゾクゾクする。またその感覚を味わってみたい、何度だって冒険をしてみたい……この感覚を知った僕はもう、夢を追いかけるのをやめられない。


 『狂人』っておじさんは言ったけど、ある意味正解かも。


「最初から、戻る気はないよ。おじさん」

「……ッ、お前」

「僕は冒険者だ」


 獰猛な笑みを浮かべておじさんに向き合う僕の目を見たおじさんは『お前もか……ッ』と小さくつぶやいた後、カウンターを拳でドガンッ!と思いっきりブチ叩く。

 そして何かを悔やむように下を向いたおじさんが数秒固まって、椅子から立ち上がった。


「わーったよ。てめぇがとびっきりの馬鹿だってことをな」

「おじさん……」

「俺の武器を買えるってことはある程度金はあんだろ。だったら俺の武器より先に、『お前の腕を買いに行くぞ』」


 腕を……買いに行く?首をかしげながら不思議に思っている僕に、苦虫を100匹ぐらい嚙み潰したかのようにおじさんは答える。


「オルルコの街で商売をしている以上、色んな商人と関りを持つことがあるんだよ……例えば、奴隷商とかな」

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