第9話 貧乏冒険者とこれから

 ガチャガチャと金属同士が擦れる音がする。


「……ぃ、生き……の?」

「こん……血を……ダメ……」

「いや……息が……」


 不明瞭な声が聞こえる、人間の声……血を流しすぎて声も出せなければ目も開けられない。ここに僕はいるんだ、そう言いたいのに……


「よし……止めた!」

「置いて……?」

「生きて……ダメ」


 身体が浮き上がる感覚、天国に僕は行くのか……それが僕の最後の記憶。




 ――そして目が覚めると、僕はどこかのベッドの上にいた。ふかふかで、とても寝心地が良い……こんなベッドで寝れるの初めてだ。

 でも、どうして?まさか、本当の僕は死んでここは夢の中!?


「なんて居心地がいい夢なんだろう……でも折角夢の中なら両腕は生えていたら良かったんだけど」


 両腕の感覚がない、起きようと両腕に力を込めようとしてみるが身体はピクリとも動かないんだ。お腹空いたから、顔を洗ってパンを買わないといけないのに……早くいかないと、メイおばさんのパンが売り切れてしまうんだよね。


 寝心地のいいベッドとは別れが惜しいけど、このまま寝ているわけにもいかない。僕は上にかけられた布団を優しく蹴とばし、身体をずらすようにベッドの端へと身じろぎする。


 ベッドの高低差を利用して両足を地面に付けると一気に身体を起こす!……ふぅ、両腕が無いとこんなにも不便なんだね。

 そして歩き始めてこの部屋にあった扉を開け……ようとして。


「引き戸じゃん……」


 僕は扉の前で絶望した。身体で押してもビクともしない扉が忌々しい……よし、破壊しよう。

 そう考えていったん距離を離し、おもいっきり扉にタックルしようと足に力を込めた瞬間――


――コンコン……ガチャッ

「ふぐぉ!」

「あぁ!大丈夫ですか!?」


 破壊しようとしていた扉が開いてぺしっと扉にはたかれる僕。両腕が無いから開いた扉に咄嗟とっさに手を出して近づく扉を止めようとしてしまったのが原因です……


 ゴロゴロと床を転がっている僕を心配そうに声をかける聞き慣れた女性の声。もしかして、僕が顔を上げるとそこにはリーシアさんが立っていた。


「リーシアさん!」

「リドさん、目を覚まされたんですね!?」

「えぇ……と、すみません。お手を貸しいただけないでしょうか……?」


 もぞもぞしながら、僕は情けなく笑うしかなかった。

 その後、動けない僕はリーシアさんに抱えて起こしてもらいベッドの上に座りなおした。良い匂いした……


「自分の名前はわかりますか?」

「リ、リドです」

「その……両腕を失くした経緯の方は?」


 大丈夫です、それも覚えています。と痛ましそうに聞いてきたリーシアさんにそう僕は返す。


 思ったより僕が両腕を失くしたことに悲観的になっていないことを感じたリーシアさんは一瞬驚いた後に、ほっとした顔をした。


「助け出した冒険者からは第5層で発見されたと聞きました……リド君、なんでそんな無謀なことしたの?」


 うっ、怒っているときのリーシアさんだ。リーシアさんは僕が何も準備もせずに一人で第5層に行ったと思っているらしい……いやでも僕だって大変だったんですよ!?


「その……第1層で転移罠にひっかかって」

「転移罠!?」


 そんな報告、今まで一度も聞いたことがありません……と信じられないというばかりに疑いの目を僕に向けるリーシアさん。でも、本当なんです!


「いつも通りスライムを狩ってたら、細い道にスライムが逃げ込んで。僕がそのスライムを追って細い道を歩いていたら小部屋みたいな空間があって……」

「待ってくださいリドさん。その情報は冒険者ギルドとして貴重な情報になります」


 とにかく、ギルド長を呼んできますね!といきなり慌てて部屋を出ていったリーシアさん。えっ、ちょっ、リーシアさん!?っていうかギルド長!?僕今まで一度も会ったことないんだけど!?


 待って、僕ベッドから動けないんだけど!待って、リーシアさあああああああああん!!


 そんな僕の心の叫びもむなしく、リーシアさんは大柄な男と彼女の背丈せたけ程もある羊皮紙ようひしを持ってきて帰ってきた。


「君が、リド君だね?」

「は、はははははい!」


 赤髪をオールバックにして不精髭を生やした男は鋭い目を僕に向ける。ヒイィッ、威圧感がすごい!


「もうギルド長、リドさんがおびえてしまっていますよ」

「むっ、そうか……」


 リーシアさんにとがめられて、筋骨隆々なその男はにっこりと笑う。めちゃめちゃ獰猛な肉食獣の笑顔な気がして僕は縮みあがった。

 第5層のオオカミと比にならないプレッシャーが自分を襲う、そうか……僕は食べられるのか。


「僕、骨と皮しか無いから美味しくないです……」

「はぁ……ギルド長、話を進めましょう」

「ううむ、何故俺はいつも怯えさせてしまうんだ?」


 よっこいせ、と備え付けの椅子に座ったギルド長と、その横でテーブルに羊皮紙を広げるリーシアさん。僕がその羊皮紙を覗くと、それは第1層のマップのようだった。


「君がかかった罠、転移罠の位置を教えてほしい。できればその時の状況も詳しく」

「は、はい……」

「この情報はオルルコの冒険者の生存率に関わるものですので、ゆっくりで良いので思い出していただけると」


 リーシアさんに手伝ってもらいながら入り口から僕の行動を逐一ちくいち思い出していく、腕が無いから『ここ』って指させないのがもどかしい。

 そして僕は転移罠の位置を教えて、そこに丸を付けたリーシアさんはギルド長と顔を見合わせて頷いた。


「君の情報は大変貴重なものだ、第5層に飛ばされたという情報も含めて持って帰ってきてくれたことに感謝する」

「まだ証拠は無いですが、本当に転移罠がそこにあった場合は情報料として僅かばかりですが報奨金が出ますよ」


 そう言ってリーシアさんはにっこりと笑う。可愛い……けど、ギルド長も笑わないでください怖いです。


 お金、お金か……どれだけ貰えるか分からないけど、貰ったらポピンズのおじさんにこんな身体でもダンジョンに潜れるような武器を作ってもらえるか頼んでみようかな……?

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