第6話 貧乏冒険者と『冒険者』
あれ……僕、いつのまに眠っていたんだろう?どうやら泣きつかれて気絶していたらしい、このまま冷たく死んでいっていたら……どんなに楽だっただろうか。
でも、起きてしまったものは仕方がない。のそりと横に倒れていた身体を起こそうとして……失敗する。そうだ、僕、右腕が無いんだった……
現実だった、夢じゃなかった。夢だったら良かったのに、そう思いながら僕は左腕で上体を起こす。
これから、どうしようか。寝ていたおかげで少し前向きな気持ちになれたのか僕は『これから』のことを思案する。
「助けを呼ぶ……なんて、できないだろうし。第5層に冒険者が来るのを待つ……って言ったって、いつになるか分かんないし。そもそも第5層は巨大な迷路なんだから探索なんてされないって話だし」
色々と考えるが、全て可能性は低いという結論に落ち着く。その繰り返しが、僕を絶望させるのには十分だった。
「無理、無理だよ……ここで僕は死ぬんだ……」
膝を抱え込んでうずくまる。前向きになっていた考えはすっかり過去の後悔へと変わっていた。
どうしてこんなことになったんだろう?僕が欲を出したから。
どうして欲を出したんだろう?僕が夢を追いかけたから。
その時に思い出したのは、ポピンズおじさんの言葉。
「これが……『夢に食い殺される』なんだね、おじさん……」
もっとちゃんと聞いておけばよかった、もっと地に足を付けた生活をすべきだった。それこそ、おじさんが言っていたようにどこかの街で城壁を作る土木作業をやっていたほうが……
「……いや、違う。違うんだ」
そんな心が折れそうだった時に、無意識に出た言葉。違う、違うと繰り返し僕に言い聞かせるように僕は繰り返す。
そう、違うんだ。僕は『生きたいため』に冒険者になったわけじゃない。『冒険者になるため』に冒険者になったんだ。
僕はジャリッと左手で拳を強く握りしめて歯を食いしばる。第5層なんて今まで見たことも無いし、魔物は強いし怖い。
「でも、これが冒険なんだよ……リド」
夢見ていたようなキラキラしたものじゃなかった、憧れていたような興奮するものじゃなかった。
痛くて、怖くて、少しでも欲を出したらこんな風に代償を支払わなければならない。
でもこれが、冒険なんだ……そう言い聞かせる僕。これだけは、見失ったらだめなことだから。
これを見失ったら、本当に僕はここで動けなくなってしまうから。
「まずは動こう、動いて何になるか分かんないけど……それでも、死ぬ瞬間まで『冒険』するんだ」
僕は立ち上がって歩き始める。そうだ……まずは第5層で通用するか分からないけど、投げたナイフを回収しよう。丸腰じゃそれこそ何もできない。
「どうせここで死ぬのなら……死ぬその一瞬まで、僕は夢に!食らいついてやるッ!」
無くなった右腕が痛む、たしか
でも、痛いからこそまだ僕は動ける。この痛みがあるから、僕の頭はまだ動く!
右腕を失っても夢を追いかけようとしている僕の頭は、果たして本当に動いているんだろうか……ははっ、いや。そんなのどうでもいいか。
足を止めるための思考なんか要らない、僕が今考えるべきなのはいかに『冒険』をするかだ!
「僕は、冒険者なんだ」
そんなつぶやきを最後に、僕は第5層の攻略に乗り出すのであった……
さて、右腕を噛みちぎられてから血を流しながら逃げてきたもんだから壁や床には僕の血が付いている。それを追っていけば僕のナイフがある場所まで行けるはずだ。
問題は――
「あのオオカミと、鉢合う可能性があるってことだよね……」
僕の右腕を食らったオオカミがまだ僕のことを追いかけているのであれば、僕が流した血を
だから、僕が寝ていた時に襲われていてもおかしかったんだけど……
「どうやら僕、本当に縦横無尽に駆け回りながら逃げていたんだね」
僕は十字の通路にどちらにも血が付着しているのを見て苦笑いする。不幸中の幸いか、一心不乱に逃げ回っていた結果オオカミがどこへ行けばいいのか分からない程にいろんなところに血がついていたらしい。
僕の悪運はどうやら強いようだ、状況は最悪だけど……まだ完全に詰んではいない。
僕は出来るだけ慎重に自分の血を追いかける。たまにオオカミの唸り声が聞こえたらすぐに止まって、どこから聞こえるか大まかな方角を割り出して反対方向に逃げる。
僕は弱い。それは第5層に来てすぐに思い知った、オオカミを倒すなんて欲を出したら今度は命はないかもしれない。
夢を追いかけることと自暴自棄になることは違う……落ち着くんだ僕、そもそもナイフも無いのに戦いに行けるはずも無いだろうし。
時間をかけて、ゆっくり血の跡を追っていくと、キラリと何かが光っているものが見える。あれは……僕のナイフだ!
駆け出……そうとして一回止まる。落ち着け、ナイフが落ちているという事はここは僕が襲われた場所だ。
そしてオオカミは狙った獲物は逃がさない……すぐにでも拾いたい気持ちを押さえつけて通路の曲がり角に身を隠して落ちているナイフの周囲をよく観察してみる。
「グルルルル……ッ」
「やっぱり、いるよね……」
鼻をスンスンと鳴らしながらぐるぐる僕が作った血だまりを嗅いでいるオオカミがいた。よかった、駆け出して足音を鳴らしたりしていたら命が無かった!
さて、どうしようか……僕はオオカミを見ながらナイフを取る手段を考え始めた。
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