第4話 貧乏冒険者と欲

 僕の持っている銅のナイフが150ギル。砥石で研いでるから実質200ギルの価値がある……と思いたい。


――――ピギュウ

「よっし、スライム3匹目!」


 次の日、僕はいつも通りダンジョンの第一層でスライムを狩っていた。昨日とっても散財したんだから、すっごいお金稼がないといけないんだ!


 砥石で研いだ僕のナイフはちゃんとスライムを倒せている。スライムの核も傷ついてないし10ギル確定!


 でももう体内時計では外は夕方、これ以上ダンジョンに潜り続けていると一昨日と同じ状況になってしまう……


 スライムを狩る速さが足りない。長時間潜ろうにも潜るための道具を買うお金がない。お金がないから良い装備を買えず、スライムを狩る速さが上がらない。


 うーん、これは詰んでる。昨日、冒険者を目指した時のことを思い出して、今日あんなことがあって。つい気合いが入っちゃったけど……やっぱりどうしても現実が追いついてこない。


 一息ついて周りを見渡すと、周りの冒険者達も引き上げて行っている。僕も帰らないと、いやでももう少し。


 『欲を出した冒険者は死ぬ』とは冒険者の間ではよく言われている事だけど、ふと冒険者になりたての時のことを思い出してしまったせいで踏ん切りがつかない。あと一匹、あと一匹だけ……


 僕は少しだけ欲を出すことにした、それが僕の人生の分岐点になるとも知らずに。



「なんで……なんであと一匹なのに……!」


 そこから2時間、僕はいつもは沢山湧いているはずのスライムを探しつづけていた。おかしい、一匹も見つからない!なんで?あと一匹だけ、あと一匹だけ狩ったら帰るから出てきてよ!


 もしかしてこのあたりのスライムは狩られつくしちゃって枯れちゃった?となると……僕は洞窟の奥を見やる。


「行くしか、ないよね」


 僕は銅のナイフをさやに戻し、奥に進む。ダンジョンの第二層につながる階段がある、ダンジョン第1層の最奥を目指して。


 ひやりとした感覚が身体を撫でる。その度に僕はびくっとして銅のナイフの柄を掴む、今までこんな深いところまで潜ったことがないから新鮮だ。

 第一層だからスライムしか出ないはずだけど、それでも『ダンジョンの奥に行くこと』そのものが僕にとっては冒険だった。


 周りの冒険者も同じことを考えているのか、今では周りに誰もいない。すっかり夜になってしまってここ一帯にいる冒険者が全員帰ってしまったのか、それとも僕が誰も行かないような場所まで深く潜り込んでしまったのか……


「あ、明日にしようかな!うん、やっぱりスライムが湧かなかったってことは今日はダメな日ってダンジョンが教えてくれてるんだよ!そうそう、明日にしよう」


 誰に聞かせることもなく独り言を大声で言う僕。怖がってるって?ハハハ、ソンナワケナイジャナイデスカヤダー。

 ぼ、僕は冒険者として何年もやってきたんだよ?そんな、この程度でビビるとか……ねぇ?


 そんな言い訳を心の中で繰り返しつつ来た道を戻る。死と隣り合わせな職業なんだ、無理してはいけないんだよ、だからこの撤退も普通普通……


 その時、水色の物体が視界の端をよぎる。あれは……間違いない、スライムだ!僕は急いでその見えた水色の物体を追いかけようと狭い通路に入り込む。


 確かこっちに……やっぱり今日だったんだようんうん、奥まで頑張って行ってて良かった!僕は見つけたスライムを見逃さないように必死に追いかける。

 ここから、ここからなんだ。少しづつスライムを狩れるようになれば……!


 狭い通路をすいすいと逃げていくスライムを見ていると、今だけ自分の身体が小さくならないかとやきもきする。

 いつも見つけてもこうして狭い場所に逃げて行ってしまうからスライムを狩るのが1日で頑張っても5匹だったりするんだよ、逆に言えば『攻撃されない魔物』だから日銭を稼ぐのにはピッタリだからみんな狩るんだ。


「くっ、逃がす……もんかっ!」


 狭い通路に僕も飛び込んで必死に追いかける、そして……急に視界が開けたと思ったらちょっとした広い空間に出た。


 こんな場所、あったっけ?と一瞬疑問に思うが、すぐに奥の方にプルプルと震えているスライムがいるのに気が付いて腰に下げた鞘から銅のナイフを抜く。

 核を傷つけないように、丁寧に……見たところこの広間には僕の背中側にしか出口はないから、ゆっくり近づけば絶対に倒せる!


 10ギル、10ギル……!黒パン2個!ここから僕は……っ!


――……ヴンッ


 次の瞬間、足元に現れる白い魔法陣。しまった、罠!?視界が白く染まっていく……転移罠!?

 そんな、こんな罠が第1層にあるなんて聞いてない!僕の身体が浮遊感に襲われる、そして僕は第1層から姿を消すのであった。


 ぴちょん、ぴちょんという音が聞こえる。視界が元に戻ると同時に落ちる感覚が、僕は慌てて地面に手を突こうと手を伸ばすと……ひんやりとした冷たい『石製の床の感覚』が。


 てのひらから伝わるその感触に思わずぞわっとする、そんな……ここは。第、5層……ッ!?

 噂にだけは聞いていた光景が目の前に広がっている。僕はいきなり訪れた絶望に、持っていた銅のナイフを取り落としたのだった。

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