第2話 貧乏冒険者と黒パン

「らっしゃいらっしゃい~!焼きたてのパンはいかが~?」


 パン屋の前で開かれている屋台には、焼きたてのパンの美味しい匂いが漂ってくる。こんな匂い嗅がされたらお腹空いちゃうよぉ。


 いや!だが僕には残念ながらお金がないのである!昨日スライムの核売れなかったから収入0なんだよね……


 僕は屋台の横に無造作に置かれている、箱のほうに移動する。そこには昨日焼いたであろう、しなっととしたパンが入っていた。


 これが僕の求めていたセール品。基本的には黒パンしか入ってないけどたまに白パンが箱の中に入っているから、買えた日は何か良いことあるかもと自分の中で思うことにしている。


 このパン屋さんは良心的で、箱の中のパンは全部一律5ギル。白パンがその箱の中にあっても5ギルなのだ!一個10ギルの白パンが5ギルだよ!?


 一個7ギルで売られている黒パンより3ギルも高い白パンが箱の中にあったとなれば僕のテンションは最高潮だ。


 さーて、箱の中は……ありゃ、今日は黒パンだけか。仕方ないよね、白パンが入ってることって滅多に無いし。


 黒パンを1つ手に取って、お財布から5ギル取り出す。5ギル取っただけでも一目でお財布の貨幣が少なくなったと感じちゃう僕の貧乏っぷりときたら……


「メイおばさんっ、これちょうだい!」

「お、今日も来たねリド!またセール品かい?たまには焼きたての方買いに来なよ」

「お金が無いんだよねぇ……匂いから美味しそうなのは伝わるんだけどぉ。はい、5ギル」

「まいどありっ!」


 売り子をしていたメイおばさんに5ギルを渡す。恰幅かっぷくの良いメイおばさんは、こんな廃棄品ばかり毎日漁っている僕をちゃんと客として接してくれていてとてもありがたい。


 嫌な顔一つせずに「また来なよーっ」と手を振ってくれるメイおばさんの優しさにはいつもお世話になっている……こんな貧乏な僕が今も生きていられるのはメイおばさんのパンのおかげだよ。


「ふんふふーん、ハグッ……うん、美味い」


 忙しくパンを売っているメイおばさんを雑談で拘束しておくわけにもいかないので、言葉少なに僕は屋台を離れた。


 買った黒パンにかぶりつくと、時間が経っても麦の芳醇ほうじゅんな香りが鼻腔びこうをくすぐり、空きっ腹が満たされていくのにもっと食べたいと思わせてくる。


 やっぱりメイおばさんとこのパン屋さんは格別だね!いつかちゃんと焼きたてのパンを買いに行こう。


 僕はそのままパンを食べつつ朝市を見て回る。目的は砥石、50ギルより安い掘り出し物があればなぁと露店商を歩き回ってるんだけど……うぅ、高い。


 なんで100ギルとか70ギルとかで売られてるんだよ。『一撫でするだけで直ぐに研げる!』とか言いながら砥石も売られてたけど一個120ギルだったし。


「はぁ、まずは買い取りからかなぁ……」


 袋に入っているスライムの核を思い出しながら僕はため息をつく。僕はポテポテとギルドの方に足を進めるのであった。




「どけ!その依頼は俺が先に目をつけてたんだよ!」

「俺が持ってんだから俺の依頼だ!」

「ねぇ、もう少し買い取り価格上がらないかしら?え、ダメ?ケチー」

「リーシアさん、買い取りを……」


 朝の冒険者ギルド。そこはもはや戦場と言っても良いだろう。色んな冒険者がひしめき合って、依頼を取り合ったりダンジョンでゲットした魔物の素材を買い取りに受付さんのところに行ったりと様々だ。


「リドさん、昨日はすみませんでした」

「いえ、僕がワガママを言ったのがいけなかったので……」

「理解していただけたようで何よりです。スライムの核5つですね」


 そう言って微笑みつつルーペを取り出すリーシアさん。うーん、これは天使。買い取りには受付さんの鑑定があるので、その間ヒマな僕はリーシアさんをボーッと見る。


 うん、すっごい美人。冒険者ギルドの受付さんっていうのはギルドの顔的存在だから意図的に美人を集めてるだなんて噂も聞くけど、リーシアさん達を見ているとホントにそうなんじゃ無いかと思っちゃうぐらいには美人揃いの受付さん達。


 そんな中でもリーシアさんは群を抜いている。はーふえるふ?っていう種族らしくて、耳が少し尖ってるのがよく見ると分かる。


 後ろに縛った金髪はさらさらとしていて、ルーペでよく見ようと首をかしげる度にふわりと宙を舞う。僕と同じ緑の目なのに、リーシアさんの目は朝に川で見た覇気の無い僕の目と違って宝石のように煌めいていた。


 誰にも分け隔て無く接する姿と、人に怒るときにその人を君付けで怒ってしまう癖も相まってリーシアさんの人気は凄まじい。


 素材の鮮度が悪くなるのに一晩おいて朝に買い取りするようなバカはそんなにいないから、今僕がリーシアさんを独占できてるのはある意味ラッキーかも?


「全部で35ギルですね」

「うええぇ……」


 アンラッキーだった。15ギルの減額……やっぱり魔物の素材はその日に換金しないとダメだったかぁ。がっくしと肩を下げながら僕はお金を貰う。


 うぅ、武器屋に置いてある砥石が一個50ギル。今日だけで黒パン含めて55ギルの散財だ……明日はもっと頑張らないとそのうちお金無くなっちゃう。


 シーリアさんに手を振って見送られながらギルドを出る。僕のお財布が重くなる日は来るのだろうか?明日も頑張らないと……僕は50ギルの散財をしに武器屋に向かう。


 冒険者ってみんな夢や憧れをもってギルドの扉を叩くんだけど、結局は僕のような生活をするのがほとんどだ。


 家を持って、お腹いっぱいご飯を食べて、強そうな武器や鎧を装備してダンジョンの深くを探索する。そんな冒険者なんて一握りで、生活苦になった冒険者は心が折れて冒険者を辞めるかそれとも僕のように第一層で日々の生活を送るために魔物を狩るか。


 はぁ……オルルコの街は冒険者の街だというのに、冒険者で生活するのが苦しいという謎の現象。僕が夢から覚める日はいつになるのだろうか?


「明日はちょっと、長く潜ってみるかな」


 僕のそんな呟きは、朝市の喧騒けんそうに消えていくのであった。まずは砥石買いに行かないとね。50ギル、スライムの核5個分かぁ……

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