タニシ武者

 昔むかし。


 田螺たにしというちょっと変わった苗字の侍の家がありました。それにはこんないわれがあったんだと。


 とある爺婆には子がいなかった。


「はあ……。わしらには子が生まれなかったなあ」


「はあ……。そうだなあ」


 爺婆は夜になると深くため息。


「一つ、水神様にでもお詣りしてみよう」


「水神様にお願いすれば、たとえタニシのような小さい子でも授けてくれるかもしれないねえ」


 ある年の祭り、二人は懸命に水神様にお願いしました。


 どうか、どうか。


 それが聞き届けられたのでしょう、翌朝、なんと本当にタニシのように小さな、小さな赤ん坊が生まれたのです。


「はあ、これはきっと水神様の申し子に違いない」


「大事に大事に、な」


 タニシの殻も被った豆粒ほどの子を、二人はお椀に入れ、神棚に祀って大切に、大切に育てました。


 ところが、何年たっても、タニシの子は大きくならない。


 飯だけは一人前に、いやもう、貧しい家をさらに傾けさせるほど食べるのに、いっこうに一人前の人間にはならないのです。


 ところで、二人の家の隣は、長者の大きな家でした。


 長者の家でもタニシの子が生まれたのとちょうど時を同じくして、娘を授かっていました。


 これは普通の娘です。


 ですが、村の誰もが奇妙なタニシの子を敬遠するなか、赤貧洗うがごとしの家の子と、金で風呂を焚くような家の子が、何故か馬が合って仲良くしておりました。


 爺婆はハラハラしておりましたが、長者どんはさすが腹が据わっていました。


「あのタニシの子は水神様の申し子。きっといつか、大きなことをなしてくれるに違いない。いっそ娘を嫁にやってもいい」


 とんでもない、とんでもない!


 爺婆は遠慮し、そのことはタニシの子にも言わずじまいでした。


 時は過ぎ、二人は仲の良いまま、年頃を迎えました。


 十六の歳ともなれば、女の子も、男の子も、水神様に一人前と認めてもらうよう、きれいな着物に着替えて祭りの主役になるものです。


 今年は長者の娘がそれだと、村は大いに盛り上がっておりました。


「タニシよ、わたしは楽しみだ」


 ニコニコと笑う娘でしたが、タニシの子も威勢がいい。


「俺もついに、一人前になるんだな!」


 でも、娘はそれには浮かない顔。


「おまえはでも、小さいままだから」


「なにをいう! 俺は誰にも負けないぞ!!」


「まあ、昔から気だけは強かったからなあ」


「そんなことはない、ちゃんと働きもした!」


「まあ、馬の耳に入って、馬をそれで動かして、米も味噌もたんと運んだ時はみんなびっくりしていたなあ」


「アハハハ! あの時は見事、俺をいじめたやつらの鼻を明かしてやったな!」


「まあ、もう乱暴はやめておくれよ」


「ああ。おまえはいつも俺をかばってくれていた。おまえだけは俺の味方だった。おまえまで悪くいわれたくはないからな」


「まあ、うれしいこと」


 二人は笑いあいました。


「じゃあ、私の髪にでもつかまっておいておくれよ」


「おう!」


 夕暮れ、夜闇にも照り輝くような着物に着替えた娘は、水神様のお山へ詣でようと出かけました。もちろん、タニシの子も髪にしがみついていました。


 田んぼのあぜ道を抜け、水神様まであともう少し。


 その鳥居の前で、あれどうしたことか、娘はつんのめってしまいました。


「あれあれ、タニシよ、大丈夫だったか?」


 すまないなあと呼びかけるも、返事がありません。


「あれあれ、もしかして、田んぼにでも落っこちてしまったか?」


 目が飛び出るほどに高価な着物が汚れるのも構わず、娘は急いでじゃぶじゃぶと田んぼのなかへと入りました。


 ぐずぐずの泥まみれになりつつ、祭りに向かう人々に笑われながらも、懸命に小さなタニシを拾っては「これは違う」「これも違う」と娘は。


 でも、いくら探しても見つかりません。


 そのうちとっぷりと日も暮れてしまいました。


 祭りのかがり火を頼りに、夜が更けてもどんどん、田んぼのなかへなかへ。もう娘なのか泥なのかわからなくなっていました。


「ああ、タニシに悪いことをした。やっぱり連れてこなければよかった。これだけ呼び掛けても、これだけ探しても見付からない。きっと流されてしまったんだ」


 いっそ一緒に死んでしまおうと、娘はおいおいと泣き出しました。


 そこへ、呼びかけるものがありました。


「娘、何をしている!」


 泥だらけの顔を上げれば、日も落ちたのに深編み笠被ったお侍さまでした。


 不審に思い、娘はけんもほろろ。涙をぬぐってまた「タニシや、タニシや」と探し続けます。


 すると侍は、


「おまえが探すタニシは俺だ、俺だぞ!」


 とんでもないことを言い始めます。


 編み笠脱げば、侍はタニシのように真っ黒な顔。


「あれ、おまえさまは……」


「心がいて水神様に一足先に願いに行けば、なんと俺の、いや俺たちの願いがついに聞き届けられたのだ」


「あれ、本当に……」


 あれこれ話せば、確かに二人しか知らないことを知る侍です。


「信じたか? 信じろ!」


 タニシ侍もじゃぶじゃぶと田んぼに入れば、泥だらけの娘の手を取りました。


夫婦めおとになろう。もうおまえを変人扱いさせないぞ」


 タニシは誓いました。


 それから。


 長者どんは「見込んだ通り!」と、タニシ侍を歓迎し、彼を立派な侍にしつけました。


 お城に上がったタニシはどんどん出世していきました。


 しかし、奥方が生んだ子はみな真っ黒な顔。


 その子も、またその子も。


 「田螺」の姓そのままだと皆うわさしましたが、田螺の子はそれをかえってほこりにしたということです。


 あれとっぴきなしべ。


 おしまい。


(岩波文庫「日本の昔ばなしⅠ:たにし長者」より)


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