第8話 再会

 わたしは助けを求めて叫びました。家々のインターフォンを鳴らして回りました。ドアを叩き続けました。しかし反応はありません。


 冷え切ったフロア。人の気配を、残滓ざんしですらも感じられません。もしかしたらこのフロアには──あるいは上下のフロアも含めて、誰も住んでいないのかもしれません。


 非常階段を探します。それは走り回っているうちに見つかりましたが、階段に出るための扉を開けることができません。非常時にしか使えない設計なのか、このフロアでは使う想定をしていないのか。わたしは階段の使用を諦めて、エレベーターホールに向かいます。


 エレベーターの前に到着すると、下向きのボタンを押します。しかし反応がありません。何度も押します。何十回でも押します。いつあの頭蓋骨がここまで飛んでくるか分かりません。捕まったらどうなるのでしょうか。あの男のようになってしまうのでしょうか。


 動いて、動いて、動いて──


 わたしのその祈りが通じたのか、凍ったように動かなかった鉄の箱が反応します。ボタンが光り、駆動音が聞こえます。


 やがてエレベーターの扉が開きました。わたしは駆け込み、階指定のあと、『閉じる』ボタンを押します。ふと視線の向きを変えると、ぷかぷかと、ゆっくりとこちらに向かってくる頭蓋骨が見えます。


 早く、閉まって!


 わたしはまた祈ります。ボタンを繰り返し押します。頭蓋骨が迫ってきます。それは笑っているように見えました。嘲笑あざわらっているように見えました。


 そしてようやく扉が閉まります。でも閉まったのは、頭蓋骨が乗り込んだあとでした。



***



 頭蓋骨の眼窩がんかから、唇の付いた肉片が飛び出します。あの男のものでしょう。ただ妹はこれを使って声を出しているようです。


『お姉ちゃん』


 これまでと違うはっきりとした声。ただし声色こわいろは、あの男と妹のものが混じり合ったような、不自然なものでした。


『お姉ちゃん』


「凛奈。あの」


『お姉ちゃん』


「凛奈。あの、助けにきてくれたんだ……よね?」


 ここでわたしに救いがあるとすれば、その可能性だけでした。でも──


『お姉ちゃんの体は綺麗だよね。あたしの体はあんなにドロドロなのに、ずるいよ。あたしはね、お姉ちゃんと体を


 この世に救いなんて、ありませんでした。

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