第7話 転機

 家中の電気がパレードのように点滅を繰り返しています。インターフォンからは思い出したように妹の声が響きます。


 悪夢のような状況。わたしはあろうことか、あの男の帰還を望みました。最愛の妹よりも、最悪の監禁者に救いを求めました。でもそれは仕方ありません。いくら妹なのだとしても、あの浴室の光景を見てしまってからではとても信じることができません。


 悪い姉なのでしょうか。悪い姉なのでしょうね。ずっと弱くて、ずっと逃げ回っていて、ずっと変わらない。


 リビングに戻ったわたしはただ耐えていました。幸い、頭蓋骨が窓を破って侵入してくることはなく、浴室の血溜まりたちも、まだ廊下をおかすことはありません。待っていればいつか、夜が明ければもしかしたら、この悪夢が終わるかもしれない。


 そんな希望を、そんな幻想を、その暴音ぼうおんは無惨にも破壊しました。


 嵐の前の静けさ。そうとも思える静寂のあと、それは突然に、それは突如として、すさまじい音を立て、リビングの窓を突き破って侵入してきました。


 祝福するように家中の電気がともり、呪詛じゅそをするかのように電気が一斉に消えます。それを何度か繰り返したあと、最後にまた電気が薄くともり、その様子を明らかにしました。


 車。セダン型の自動車。いくら暴風が吹き荒れているとはいえ、こんなものは空を飛びません。しかし飛び込んできたのだから、飛ばしてみせたのでしょう。


 空いた窓から雨風とともに侵入してきた頭蓋骨は、その眼窩がんかからとなにかを吐き出します。


 人間の手のようです。手首から先、手のひらまで。それがだと気付くまで、さほど時間はかかりませんでした。


 その手はスマートフォンを握っています。その指が動くと、部屋の電気が点いたり消えたりします。なるほど、妹はこうやってこの家のすべてを操っていたのですね。あの男の手があるのだから、指紋認証が必要な操作もできてしまう。


 それでもなにか理由があって、玄関の扉だけは開かなかった。だからこんな方法で侵入してきたのでしょう。


『おおええああああん。おおえあああああん』


 わたしは妹のことを見ていられずに、振り返って走り出しました。わたしは頭蓋骨の眼窩がんかから次々とこぼれ落ちる──あの男の眼球や内臓らしきものを見て、振り返って逃げ出しました。しかしこの家の中に逃げ場所などありません。わたしは無理だと分かっていても玄関に向かい、その扉を開けようとしました。


 奇跡など信じてはいません。それでも奇跡を信じるしかありません。


 ──ギシ。

 ──ギシギシギシ。


 そしてどういう理屈か、扉が開きました。

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