第6話 疑念

 恐怖と同時に、期待がありました。


 あの頭蓋骨が妹の亡骸なきがらなのだとすれば、確かに恐ろしいモノです。でもあの頭蓋骨が妹のなれ果てなのだとすれば、彼女はきっと助けにきてくれたのです。


 そう考えると、ドアのロックが外れたことも合点がいきます。彼女はおそらくこの家の電気系統を操ることができて、わたしを部屋の外に出すためにロックを外してくれたのでしょう。窓に体当たりしていたのも、それを壊して助け出そうとしてくれていたのでしょう。動かないはずのインターフォンが動いたのも、彼女の力。


 わたしは玄関に向かいました。今ならあの頑丈な扉も、あっさりと開くかもしれません。


 しかしそれは叶いませんでした。確かめてみましたが、扉はぴくりとも動かず、諦めるしかありませんでした。でも妹が手伝ってくれるのならば、なにか開ける方法が見つかるかもしれません。


 リビングに戻ります。その途中で、また音に気付きます。今度はなんでしょう。浴室から聞こえるようでした。


 ──ビチャン、ビチャン。


 水が垂れているだけのようです。無視しようとも思いましたが、その音にはべったりとした、なにか嫌な感覚がありました。


 確かめてみます。今は怖がっている場面ではありません。一つでも多くの情報を集めるべきでしょう。


 浴室に近づきます。なにもなければ良い──ですが、異常は明らかでした。生臭いという言葉では片付かないほどの臭気、それから音。


 ビチャンビチャンという音は、水が垂れているというより、浴槽にたまった水がかき回されて起きているようでした。でもそれはおかしな話で、あの男がいないのに誰かが入浴しているなんてことはあり得ません。


 浴室のドアを開けます。


「う……」


 誤認でした。誤解でした。ビチャンビチャンという音は、浴槽にたまった水がかき回されて起きたのではなく、浴槽にたまったことで生じる音でした。


 シャワーのヘッドからも赤い液体が落ち、血溜まりを作り、その血溜まりが浴室のタイルを這い回っています。


 浴槽を見て思ったことがあります。においからもそれが血であることは間違いないですが、肉、内臓、骨。それらの欠片かけらが混じり合ってできているようにも見えました。


 直感がありました。直観がありました。外に飛んでいるのは頭蓋骨。でははどこにあるのでしょう。


 赤黒い液体はビチャンビチャンと浴槽の中で揺れています。血溜まりたちはドロドロと流れて浴室を出ようとしています。もしこれらが妹なのだとすれば、もしこのおぞましいモノが妹なのだとすれば。


 彼女は本当にわたしを助けにきたのでしょうか。

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