第2話 指に棘が刺さってしまった貴方への『刺抜き』。

あっ! お帰りなさい坊ちゃま。


どうしたんですか? なんだか浮かない顔ですね。


あれ、手に絆創膏なんか貼って……っえ、手に棘が刺さったんですか!?


ちょっと見せてください!


駄目です! 化膿したり悪化したらどうするんですか! こればっかりは、いくら坊ちゃまの御願いでも聞けません! はやく手を出してください! 


もう! そんなワガママ言う子は、晩御飯なしにしますよ!

あーあ、今日は坊ちゃまの大好きなハンバーグだったのにな~。


……は~い。良い子ですね。じゃあ、お手手を出してください。


棘が刺さったのは、この絆創膏をまいてる指だけですか?


ちょっと剥がしますね。大丈夫ですよ、痛くしませんから。


――ペリペリ…。


ああ……これは……細かい棘が何本も刺さってるじゃないですか!


可哀そうに……痛かったですよね。


とりあえず消毒して、棘を抜かないと……ちょっと準備してきますから、待っててくださいね。


――ガサガサ……ゴソゴソ……。


取り合えず消毒液とかピンセットとか、必要そうなものは用意しました。


どうやって抜くのかって……それはもちろん、このピンセットで一本ずつ抜いていきますよ。


そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ坊ちゃま。

ゼッタイ痛くしませんから。


ゆっくり、優しく、エルのお手手で抜いてあげますからね。


はい、良い子ですね。


それじゃあ、最初に消毒液を吹き付けます。タオルを手の下に敷きますね。


ちょっと冷たいですけど、我慢して下さいね。


――プシュッ……プシュッ……。


あっ、ごめんなさい坊ちゃま。痛みましたか?


「冷たくてびっくりしただけ」ですか? なら良かったです。ちょっと待って下さいね。周りに着いた消毒液をタオルで拭き取りますから。


――パタパタ……パタパタ……。


はい、終わりましたよ。傷口、液が染みて痛くないですか?


うん、我慢できて偉いえらい。


「これくらい当たり前」ですか?


そんなことないですよ。だって坊ちゃま、小さい頃は転んでひざ擦り剥いただけで泣きベソかいてたじゃないですか。消毒液も「しみるからイヤだー」って駄々こねて。


昔は本当に泣き虫さんだったのに、いつの間にか大人になって……って坊ちゃま! 手を引っ込めないでください!


分かりました! もう言わないですから、ちゃんと処置はさせてください!


まったくもう、昔は天使みたいに素直で可愛かったのに、今はこんなに捻くれちゃって……ああ、ごめんなさいごめんなさい! はいはい! ちゃんと処置しますから!


じゃあます最初に、この人差し指に刺さってる小っちゃい棘を抜いていきますね。痛かったら言ってくださいね。


はい。それじゃあ、失礼しますね。


あ、あれ? なかなかピンセットで摘まめませんね。棘が指の奥まで入っちゃってるみたいです。


ちょっとだけ、指をギュッとしますね。痛かったら、ちゃんと言ってくださいね。


よいしょ……っと。あ、少しだけ棘の先っぽが出てきました。

これをピンセットで摘まんで……ゆっくり、ゆ~っくり……あ、もう出そうですね。

坊ちゃま、もう少しだけ我慢してくださいね。

最後は一気に……はいっ! 全部出ました!


どうです坊ちゃま。違和感とかありませんか? 中にまだ残ってる感じとか、ありませんか?


良かったです。それじゃあ残りの棘も抜いちゃいますね。


次はこの中指に刺さってる棘ですけど、これは少し根が深そうですね。すこし慎重に抜いていきます。


同じように棘の先っぽをピンセットで摘んで、ゆっくり慎重に……あ、でもこれは意外とすんなり抜けるかもしれないです……ほら、全部抜けちゃいました。


出血もないみたいですし、このまま続けて全部抜いちゃっても大丈夫ですか?


はーい。それじゃあ残りも抜いていきますね。


坊ちゃま、本当に強くなりましたね。

エルと出会った頃は、棘なんて刺さったらそれだけで泣きじゃくってたのに。もうすっかり大人ですね。


エルは昔から変わらないって、それはそうですよ。アンドロイドなんですから年はとりませんし、定期的にメンテナンスに行ってますし。


「でも性格は変わった」? 

「昔はもっと大人しかった」


……ですか。

言われてみれば確かにそうかもですね。

エルも昔に比べて「明るい」とか「人間ぽい」ってよく言われるようになりました。別に異常とかではないみたいですけど。


よーし、次が最後ですね。


あ……でもこれは、ちょっと手こずりそうですね。


……う~ん、やっぱり取れないです。


少しハチミツを塗ってみましょうか。


はい、あの食べる甘いハチミツです。ローション代わり塗ることで滑りやすくして、棘を抜けやすくするんです。


それにハチミツには抗菌作用があるから傷口は悪化しませんし、細胞組織を再生する効果があるみたいで、棘が抜けやすくなるんです。


じゃあ、ちょっとキッチンから取ってきますね。


――スタスタ……パタン……。


お待たせしました坊ちゃま。はい、ハチミツです。これを少しだけ棘の刺さった指先に、軟膏みたいに塗っていきます。


ぬりぬり……ぬりぬり……。


坊ちゃまのお手手って、男の子にしては綺麗ですよね。女の子みたいに白くて細い手ってわけじゃないですけど。


はい、塗れました。ふふっ、坊ちゃまのお手手、なんだか美味しそうですね。食べたくなっちゃいます。エルは食事はしませんけど。


あ、ちょっと坊ちゃま。なんで手を引っ込めるんですか。そんな本当に食べるわけないじゃないですか。

ほらほら、刺抜き続けますから、早くお手手だしてください。


はーい、それじゃあハチミツを塗った部分を、ピンセットの先っぽで軽く叩いていきますね。


トン、トン、トン……っと。


本当はこのまま少し待っていた方が良いらしいんですけど。


トン、トン、トン……っと。


あっ! 少しだけ棘が浮き出てきました! 


もう一回、トン、トン、トン……っと。はい、完璧ですっ!


仕上げにピンセットでこの子を抜いてあげれば……はい! 綺麗になりました!


どうですか坊ちゃま。中で溜まってたのが抜かれて、スッキリしました?


うん、良かったです。すっかり元の素敵なお手手に戻りましたね。


きっとエルの『抜き』が上手からですね……って、坊ちゃま顔が赤いですよ? もしかして、傷口から黴菌ばいきんが入って炎症を……え、違う?


でもでも一回ちゃんとお医者様に診てもらった方が……あ、どこ行くんですか坊ちゃま! 


もうっ! ちゃんと手は洗うんですよ!


ハチミツ付いたままなんですからね!


洗ってなかったらエルが夜中にこっそり舐めちゃいますよ!


初心うぶと言うか照れ屋とういうか、ちょっとムッツリなところは昔と全然かわってないですね。


坊ちゃまが望んでくだされば、エルはどんなことでもしてあげるのに。


やっぱり、エルが人間じゃないからですかね……。

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