地下に蠢く死体

 階段を下りるにつれて、送琉の感じた臭いはカビの臭いばかりではなかった。

 送琉も幾度か嗅いだことのある臭い。

 それは人の死骸が放つ腐敗臭だ。

 酷い臭いに、送琉も思わず袖で口元を覆ってしまう。

 階段を降り切ると、学校にそぐわぬ機械的な自動ドアが開いたり閉じたりしている。

 このような場所にある怪しい扉、送琉が入らぬ訳が無かった。


「うっ!」


 部屋に入った瞬間、これまでとは比べ物にならないほどの臭いが襲い掛かってきた。

 そこかしこに散らばっているのは白衣を着た腐乱死体の大群。

 いったいこの場所で何が起きていたのだろうか。

 送琉は特殊清掃を頼もうと電話を取り出すが、画面に映るのは圏外の二文字のみだ。

 この場所を特殊清掃なしで動き回らねばならないことに、送琉の気持ちは酷く落ち込む。


「ふうぅ……」


 あまり大きく息を吸い込まないようにしながら、送琉は部屋から繋がっていた廊下を進む。

 壁、天井、床、目のつく所すべてに血の跡がべっとりと付いていて、不快な光景だ。

 扉が半開きとなっていた部屋に入り込めば、比較的奇麗な内装の部屋に日誌のようなものがぽつんと放置されている。


「ふむ、これは……」


 送琉は日誌を少し眺めて、机の上に戻す。

 書かれていたのは珍しくも無い、生物兵器の暴走で壊滅したとのことだった。

 怨霊による被害ではないので送琉の出る幕ではないだろう。

 だが、送琉の第六感はこの空間に溢れんばかりに蔓延る怨念を捉えていた。


「何っ!?」


 背後からの気配を感じて、素早くその場から離れる送琉。

 襲撃者は先ほどまで廊下で転がっていた腐乱死体たちだ。

 すわバイオハザードかと身構えるが、恐らく違う。

 その根拠は死体に溢れるはずもない夥しい怨念の塊。

 即ち魂の無い死体が動いているのではなく、魂が成仏しきれていないだけの死体どもが動いているのだ。


「いったい誰がこんなひどいことを!」


 送琉も思わず憤るほどの所業。

 魂を縛られた彼らの感じる苦痛は如何程か、解らぬ送琉ではない。

 すぐさま腕に力を溜めて光弾を放つ。

 しかし成仏する気配は無く、動く死体たちはじわじわと距離を詰めてくる。


「おのれ、肉体が邪魔か!」


 誰に聞かせるわけでもなく、送琉が独り言ちる。

 肉体は霊力を通しにくい為、動く死体を相手にするならば直接触れて成仏させねばならない。

 祓い屋にとっては常識ともいえる事だが、送琉は触れるのを戸惑っているようだ。

 それは偏に死体たちが腐っていて不衛生だからだろう。

 ついに追い詰められた送琉は、遮二無二近くの扉へと転がり込み、扉を閉じた。

 送琉が逃げた扉を叩く死体たち。

 何度か腕が叩きつけられた後、扉と共に死体たちが吹き飛ばされた。

 現れたのは全身に防護服を纏った送琉だ。


「防護服だとっ!?」


 比較的腐敗の進んでいない死体が驚きの声を上げる。

 その通り、送琉の逃げ込んだ部屋は防護服置き場になっていた。

 防護服越しならばいかに死体たちが不衛生だろうと関係ない。

 霊力は服をも通り抜けて魂を成仏させられるのだから。


「ちくしょう!これじゃあ俺達にはどうしようもない!逃げろ!」


 踵を返して逃げ惑う死体たち。

 だが、腐敗した足は酷く遅い。

 そして後ろから追うのはもはや触れることに一切の恐れも無い送琉なのだ。

 瞬間、死体たちは皆強制的に成仏させられ、辺りに静寂が戻った。

 それと同時に周囲に漂っていた怨念が弱まり、送琉の電話に電波が届く。

 送琉は特殊清掃業者に電話をしながら、未だ渦を巻く怨念の源へと歩みを進めるのだった。

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