強い怨霊

 送琉は歩みを進める。

 ただ歩くだけではなく、気を放ちながら歩くことで弱い怨霊は成仏させられる。

 そこへ家庭科室から大量の鋭利な刃物が送琉目掛けて飛び出してきた。


「ぬぅ……」


 こうして送琉へと危害を加える怨霊は必然的に力を持った怨霊なのだ。

 強い怨霊は時として人の姿を超えた霊体を持つ。

 彼らの強い未練がその姿を歪めてしまうのだろう。


「どうして……どうして……」


 現れたのは千手観音と見まごうような多腕の巨人。

 その手のすべてに包丁やピーラーなどの刃物が握られている。


「どうして私が死なないといけなかったの……」


 未だ死んだことを飲み込めきれない典型的な怨霊だ。

 けれどもその霊力はともすれば送琉を吹き飛ばせてしまうほどに強く渦巻いている。


 「どぉうしてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 絶叫しながら送琉に向かって刃物を投げつける怨霊。

 放たれた刃物のすべてがまるでホーミング機能でもあるかのように送琉を着け狙う。


「霊力による複製か!」


 これでは送琉もうかつに手を出せない。

 放たれる刃物を霊力で弾きながら、じわじわと怨霊へ近づく。

 腕に霊力を込めて、殴り飛ばすことで強制成仏させるつもりだ。


「あぁぁぁああぁぁ!」


 怨霊が狂乱しながら刃物を振り回すが、送琉を捉えることができない。

 振り下ろされる凶器を掻い潜り、素手の間合いにまで入り込んだ。


「滅せい!」


 送琉の拳が怨霊のボディを穿った。

 瞬間、校舎全体を包み込むほどの光の柱が天に上る。

 余波に巻き込まれた二階図書室の首括り魔、三階音楽室の火炎放射男は何が起きたか理解する間もなく成仏させられた。

 しかし、千手料理人は耐え抜いた。

 送琉の一撃を耐えるほどに未練が強かったのだ。


「おのれ……」


 送琉が歯噛みする。

 想定外に未練が強かったのだ。

 今はまだ動き出す気配はないが、今のうちに成仏させなければ。

 だが、強制成仏に耐えきるのなら手段は一つしかない。

 未練を解消させて正規の手段で成仏させるしかないのだ。

 送琉は家庭科室の探索を始める。


「これは……!」


 存外早く未練の元が見つかった。

 作りかけのチョコレートだ。

 この怨霊はきっとバレンタインの為に準備を進めていたところで死んでしまったのだろう。


「チョコレートを作るしかないな」


 しかしガスコンロには火がつかない。

 ガス会社に供給されていないからだ。

 水道も止まり、電気も無い。

 ここでは料理などできるはずもない。

 万事休すか。


「いいや、まだだ」


 送琉に諦めるという言葉は通用しない。

 続けて家庭科室の捜索をすれば、送琉の探し物が見つかった。

 カセットコンロとガスボンベだ。

 防災カバンからは2リットルの水も発見できた。

 しかしまだ足りない。

 チョコレートを作るなら冷やす工程があるからだ。

 そこで取り出されたのは衝撃を与えると冷える保冷剤。

 最近の学校ならば熱中症対策のためにどこにでも用意されているものだ。


「いくぞ!」


 気合を入れて送琉はチョコレート作りを始める。

 鍋に水を入れカセットコンロで沸騰させる。

 沸騰を確認したところで火を止めて、少し温度が下がったところへ砕いたチョコを入れたボウルを浮かべた。

 

「イイイイイィイィ!」


 怨霊が動き出した。

 チョコを溶かしたことで甘い匂いが広がってしまったのだ。

 怨霊の攻撃を弾き、避けながら、送琉のチョコ作りは続く。


「ぬぅっ!」


 瞬間、送琉は自らの失敗を見つけた。

 溶かしたチョコを流し入れる型が無いのだ。

 何たる失敗。

 今から探していてはせっかく溶かしたチョコがボウルで固まってしまう。


「背に腹は代えられん!」


 送琉が溶けたチョコの入ったボウルを抱えて跳躍。

 怨霊の頭付近にしがみついた。

 これには怨霊も驚きのあまり動きが止まる。


「食らえぇいっ!」


 何たる横暴、何たる暴挙。

 送琉は怨霊の口に溶かしたチョコを流し込んだ。

 生物に対して行えば拷問にも等しい行為だが、怨霊に人権は無い。

 容赦なく流し込まれるチョコを防ぐ術を持たなかった怨霊の責任である。


「あがががが、あ、まい?」


 怨霊になったことで熱に耐性ができたのか、甘さを感じた怨霊はおとなしくなった。

 異形の姿が徐々に人の姿に戻る。


「あぁ、ありが、とう」


 きらきらとした光に包まれて、怨霊は空へと昇っていった。

 慣れない除霊をしたせいで、送琉の額にも玉のような汗が光る。


「ふぅ……」


 一息をつくが、送琉の第六感にはまだ怨霊の気配があった。

 しかも、学校には存在しないはずの地下からの気配であった。

 きな臭さを感じながら、送琉は第六感の指し示す方へと向かう。

 やがて送琉は保健室のベッドまでたどり着いた。

 ベッドの位置をずらしてみると何という事か、巧妙に隠された地下への階段があるではないか。

 カビ臭い階段を送琉は臆する事無く降りていった。

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