ずっといっしょ。

ねこありす

ずっといっしょ。

 僕の名前は、三咲伊織。苗字も名前も女の子みたいな高校一年生。


「いおりんおはよーん」


 朝、決められた席で特に興味も無い小説を読んでいた僕に、教室に入ってきた派手な見た目な彼女は明るく挨拶をしてきた。


「・・・・・・おはよう。灯さん」


 彼女が視界に入り、少し笑みを浮かべて挨拶を返す。

 あかり莉沙。小学生の頃からの付き合いだ。金に近い茶髪で下品にならない程度に着崩した制服、それに加えて彼女の性格をそのまま表してるかの様な、溌剌として整った容姿。

 大凡僕とは住む世界の違う人間だ。


「いおりんは今日もかわいいねー! また本読んでたの? 相変わらず閉じ籠っちゃって」

「ってか教室でもりさちゃんか、りさお姉ちゃんって呼んでっていつも言ってるでしょー」


 彼女はボソッと挨拶を返した僕に、ニコニコしながら近づき、クレームを入れつつ話しかけてくる。彼女は昔から事あるごとに僕にかわいいと言って弄ってくる。

 僕は母さんに似ていて小さい頃から母さん似でかわいいとよく言われていた。小学生くらいまでは、男の子でもかわいいと言われるのはよくあることかも知れないけど、気付いたら中学生になっても言われ続けて、そこで初めて自分は女顔なんだと受け入れざる負えなかった。

 

「もうっいっつも本読んでるじゃん、つまんなーい」


 彼女はそう言いながら僕の頬っぺたをつつく。僕が興味もない本を読んでいるのには理由があって、単純に手慰みと対人防壁なのだ。

僕は例外二人を除いて他人が苦手だ。ただ、本を読んでいたら大抵の人は話しかけることは疎か、僕に興味すら持たない。

 なぜそこまで他人を拒絶するかというと僕が虐められていたから。


「ふふっ、すべすべぷにぷに」

「ちょっ、ちょっとやめて。みんないるのに・・・・・・」


 赤くなる顔を自覚しながら、僕は慌てて恥ずかしさと気まずさで彼女の手を強引にならない程度に押しのける。


「なにそれかわい・・・・・・。初々しいカップルの彼女の反応じゃん・・・・・・。それに〜みんながいなかったらしてもいいのー?」

「りさちゃんって呼ばない悪い子にはお仕置きが必要だよね?」


 自分でも女の子っぽい反応しちゃったなと後悔する僕に、彼女は興奮したような様子で顔を上気させ、理不尽な理由でさらに僕に攻撃を仕掛けようと手を伸ばしてきた。

こんなやりとりを彼女としていると、時々嫌な過去が蘇ってくる。

 なぜなら虐められていた原因の一人がりさちゃんだからだ。


 小学生のとき。

りさちゃんとその親友のかおりさんは、僕に今のように、おそらく揶揄い半分悪戯半分で、女の子みたい、かわいいなんて言ってきたり、男女がするには過度なスキンシップを毎日のようにしてきていた。

多分彼女たちからしたら、女友達に接しているのと同じ気分だったんだと思う。周りはそれを見て一緒になって弄ってきていたけど、当時から引っ込み思案だった僕は、それに面白い返しをするわけでもなく、ただ恥ずかしがっていた気がする。

 

 中学に上がってからも、りさちゃんとかおりさんは変わらなかったけど、思春期に入った周りの男子はそうはいかなかった。

どうみてもカーストトップの人気者二人に、僕からしたら揶揄われているだけだけど、周りからしたら根暗で面白くもない女みたいな見た目のやつが、かわいい女子二人に構ってもらっている。

相当面白くなかったんだと思う、最初は二人の弄りに乗っかって「トイレはどっちに入ってんだ?」とか「制服間違えてんぞ」とか冗談と言われればそれまでのような細かいものだった。けどそれに対して僕が言い返さないのを見てだんだんエスカレートしていった。

 そこからは典型的な虐めになり、靴や教科書を隠されたり、体育で男女別のときに「なんで男子の方に居るんだよ、お前はオカマだろ」等の直接的な悪口や、わざと足をかけられて転かされるなんてこともよくあった。彼等が陰湿なのは、自分達の評価を下げない為に、その全てを女子や周りが見ていない所で行うのだ。


 そしてある日の放課後に、僕は主犯格の男子たちに呼び出された。

 今でも思い出したくない体育館裏。


「きたかよ女男」

「おせーんだよ!」

「なんで呼び出されたか分かってんのか? あ?」


「ひぅっ・・・・・・」

 

 矢継ぎ早に繰り出される高圧的な言葉に、僕は汗が止まらず心臓が壊れそうで顔が青褪めていくのが分かった。

 とてもじゃないけど言葉を発する余裕はなかった。


「無視してんじゃねーぞ!」

「お前目障りなんだよ」

「今日は殴らねーと気がすまねぇからな」


「ひっ・・・・・・ご、ごめんなさぃ」


 今まで直接的な暴力がなかったのに、その日は余程虫の居所が悪かったのか暴力を振るう意志を示され、余りの恐怖に反射的に謝罪の言葉が漏れ、同時に涙も溢れた。

 

 その瞬間、彼等の目の色や雰囲気が変わるのが、ハッキリと見てとれた。

 

「待てよ、お前顔だけなら美少女だからな」

 

 一人が何かを閃いた様に言葉を放ち始める。


「お前、俺のをしゃぶれよ。そしたら殴らないでやるよ」


「————?」


「まぁ許可なんかとらねぇけどなっ!」


 何を言われたのかまるで理解できなかった。しかし何か反応をする前に僕の髪は鷲掴みにされ、その男の目の前に跪かされていた。


「ぃ、いたいっやめてっ」


 初めて抵抗の意志を見せた僕なんか意に返さず、男はベルトを外し始める。周りの男たちもその異常な光景を止めることなく、むしろ醜い欲望で目をギラつかせていたように思える。

 この時、この場所、この空間は、異様な空気に包まれていたのを覚えている。そしてこの男たちもその空気に完全に呑まれていた。

 それを見て僕は抵抗するのをやめた。助けはこない。もはやなんの気力も湧かず、ただ心を殺して目を閉じた。

 

 そのとき、僕の人生と心を救った声が耳に届いた。


「あんた達伊織になにしてんの?」


「絶対に許さないわ。あなた達がしたこと、動画にも撮っているから」

 

 りさちゃんとかおりさんが、いつもニコニコしている姿からは想像できない冷たい目をして立っていた。


「・・・・・・あ、灯と蜜野がなんでここにっ」

「ご、誤解だっ! これはちょっとしたゲームでっ」

「言い訳とかいいから。動画も撮ってるつってんじゃん。かおり、センセ呼んできて」

「うん」


 かおりさんは構えていたスマホを仕舞うと、りさちゃんの指示に従い急いで体育館へ走っていった。おそらく一番近い、屋内の部活の顧問を呼びに行ったのだろう。


「くっくそ! 俺らなんもしてねーから! お、お前ら帰るぞ!」


 彼等は、先生がくるのはヤバいと判断したのか脱兎の如く逃げ出した。それを確認してすぐに、りさちゃんが僕に駆け寄って抱きしめてくる。


「いおりぃっ! ごめんっごめんね、すぐに助けてあげたかったんだけど、確実にあいつらを消すには証拠が必要だったからっ」

 

 さっきまであの男たちに対して毅然として冷たい表情だった彼女が、今は泣きながら僕に抱きついてくる。そんな彼女を見て気が抜けたのと、狂気とも言える空間から解放された安堵で、意識を失った。


 その翌日。

 学校に行くのに怯えた僕を、二人は大丈夫だからおいでと家まで迎えに来てくれた。二人に支えられ震えながらもいざ教室に入ると、例の男たちの姿はなかった。

 というよりそれ以来彼等が学校へ出席することはなかった。そして彼等以外のクラス全員が出席したことを確認した二人は、教室の前へ行き宣言した。


「これから伊織を虐めるやつは絶対に許さないから」

「もしそんなことしたら、私たちなにするか分かんないわ〜」


 なにがどうなって彼等が学校に来なくなったかは、僕は怖くていまだに聞けていない。


 不意に聴こえてきた声が、僕を回想の海から引き摺り上げる。


「おはよう。またいおくんいじりしてるの?飽きないわねー」

「あ、かおりおはよー。ねぇねぇ聞いてよかおり、いおりってばね・・・・・・」


 暖かくて優しい声で僕を救ってくれた人物は、蜜野香織。りさちゃんの親友でいつも一緒にいる。

 僕を救ってくれた立役者の一人だ。本人にその気はおそらく無いんだろうけど、自由人なりさちゃんのストッパーみたいな役割をしてくれている人だと僕は勝手に思っている、事実僕は何度か助けられている。りさちゃんとは違って落ち着いた様相で、大人っぽくていつもニコニコしていて包容力の塊だ。

 けど怒ったらとても恐い。高校に入ってすぐ、僕たちのことを知らない男子生徒が僕のことを揶揄ったときに、かおりさんはその男子生徒の椅子を窓から投げ落とし「今度いおくんを馬鹿にしたら、次に落ちるのはあなたかも?」と笑顔で言ってのけたのだ。それからクラスには、蜜野だけは怒らせたらダメだという誓約が立てられた。

 余談だけど周りからは、二人の事を総称して「かおりさ」って呼ばれていたりする。


「いおくんもおはよう。はいこーれ」

「・・・・・・?」


 二人の会話を視界の端に、ボーッとしていた僕の口元に、かおりさんが何かを持ってきた。


「飴。いまから授業で頭使うでしょー?糖分摂取」

 

ニコニコしたかおりさんの指に摘まれた飴玉を見つめながら、どうしようと固まってしまったのだけど。


「・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・はむっ」


 かおりさんの整った容姿に笑顔の内に秘めた圧に屈して、指に当たらないよう飴だけを口に入れた。いちご味だ、甘い。

 かおりさんは度々僕に飴とかチョコとかをくれる、大体が手渡しではなく口元に持ってくるのが恥ずかしい。


「ん、いいこいいこー」

「あっずるーい!私も授業あるよっ、なんでいおりだけ!」

「いおりはいおりで、なに口で受け取ってるのっ!? 手で取りなよっ」

「そ、それはそうなんだけど・・・・・・」

 

 りさちゃんの言い分はもちろん理解している、だけど僕にも言い分がある。だって手で取ると、かおりさんが目に見えて不機嫌になるから。

 かおりさんの表情をチラッと伺うと、頬に手を添えてとても満足気で、恍惚とした表情をしている、ついでに頭も撫でられる。

 ちなみに過去、このやりとりをみて面白半分で僕に同じことをしようとしたクラスメイトは、二人の冷気に当てられて、顔色悪く退散していった。


「りさは頭使わないからいらないでしょぉ?」

「ひっどーい!いおりー慰めてー。」


 シクシクと泣き真似をしながら僕に頭を差し出すりさちゃんを見ながら、今日も騒がしいなーと苦笑しつつ、賑やかな日常に心がふわっと暖かくなった。

虐められた原因は彼女たちにあるけど、救ってくれたのもまた彼女たちだ。マッチポンプみたいな話だけど、僕は彼女たちを恨んだりなんてしてない、むしろ感謝している。

いや、そもそもが僕の見た目と性格のせいだから、彼女たちが原因というのは責任転嫁なんだろう、今ならそう思える。でもトラウマは残っており、クラスや周りの人間がいるところで絡むと、周囲の目が怖くて未だに緊張してしまう。


 昼休み。

 この時間になると、人気者の二人のところへは多くの人間が集まる。

 

「今日こそ私たちとお昼一緒に食べない?」

「いや俺たちと食べようぜ!飲みもんとか奢るし」

「ごめーん先約があるから」

「ごめんなさい」


 二人はいつもの様にすげなく断って、教室を出て行く。

 あの日の事件から彼女たちは僕以外の人間とは親しくしなくなった。露骨に嫌がったりはしないけど、明らかな拒絶の壁がある。

 それは僕も同じだけど。


 少し時間を置いて、僕はいつも通りに屋上へと向かう。

 屋上への扉を開けると二人は既に待っていた。

 

「いおりおっそーい! わたしもうペコペコだよペコペコっ」

「りさ二限目くらいからお腹空いたーって言ってたでしょ、朝はちゃんと食べないとダメよ?」

「だっていおりのおべんとがあるのに、朝ご飯は食べられないよ!」


 その理屈はよく分からないけど、僕のお弁当を楽しみにしてくれているのは素直に嬉しい。

 僕は毎日二人にお弁当を作ってきている、僕は彼女たちに守られてばかりだから、少しばかりのお礼の意味を込めているのと、二人が美味しそうに食べてくれるだけで嬉しいから。


「遅れてゴメンね。今日はりさちゃんの好きなオムライス入れてるから許して? 冷めてるからあんまり自信ないけど・・・・・・」


「いおりっ! もーだいすきっはやくはやくったべよっ」

「全く現金なんだから、いやこの場合現食?」

「ふふっ僕もりさちゃんのことだいすき、はいお弁当」

「いおりかわいいぃ、かわいいよぉ」

 

 りさちゃんがヤバい表情かおをしているのをスルーして二人に飲み物を渡す。

 

「飲み物の方は、かおりさんの好きなハーブティーにしたよ」

「りさ、きもちわるいわ。いおくん・・・・・・好きよ。いおくんは家に居てくれるだけでいいから早く結婚しましょうね」

「かおりも人のこと言えないから! それとそんなこと私が許さないし・・・・・・」

「教室のツンとしたいおくんもかわいいけど、私たちだけに見せてくれるデレいおくんはもっとかわいいわぁ」

「いおりは二度味わえるからねっ。でも私もこっちの素直ないおりが断然すきだよ!」


 教室だとトラウマで緊張があるけど、三人だけだと本来の自分を曝け出せる。


「でもふたりとも大丈夫? またみんなの誘いを断っちゃって・・・・・・時々でも他の人とも食べた方がいいんじゃ・・・・・・」


 ほんとはこんなこと一切思っていない、でも、人気者の二人を僕なんかが独り占めしているという負い目も確かにあった。


「————いおり。つまらない冗談言うのはやめて。いおり以外と過ごす時間になんの価値もないから」

「いおくん? いおくんは私たちと食べるの嫌になったの? 私はいつでも一緒に居たいのに・・・・・・」


 二人の空気が変わったのに少し怯えつつも、二人も僕との時間を大切にしてくれていることがなにより嬉しかった。


「ふ、ふたりと毎日食べたいよ! 僕もふたりが居ないと楽しくないし寂しいし・・・・・・」


 俯き加減でそう言った瞬間、二人が抱きついてきた。


「んー! やっぱりいおりかわいっ。すきすきっ。心配しなくてもそもそもクラスの人達の名前すら知らないから」

「いおくんだいすきよ。絶対に一人にさせないからね、ずーっと一緒よ。あと、りさは別の意味で心配だわ」

「えへへ、ふたりとも・・・・・・ありがとう、だいすき。ずっといっしょでずっと離れないでね」


 周りから排他的だと非難されるかもしれない。共依存と言われ否定されるかもしれない。

ずっと一緒なんて夢物語だって笑われるかもしれない。

 だけどそれがなんだ、どうだっていい。

周りの常識なんてしらない、価値観なんて全く興味なんてない。


  僕には二人が居てくれればそれでいい。

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