第182話 不倶戴天の敵
茨木と別れたギルとクロベエは上の階を目指していた。
クロベエのアビリティ〈
地下から1階へと階段を上がる際に目だけ床上に出して様子を窺うと、赤鬼たちがこちらに背を向けて、奥で何やら騒いでいる様子が目に入る。
「なんか騒々しいね」とクロベエ。
「あぁ、でもこれはチャンスだよ。今なら誰とも
二人は顔を見合わせてニシシと笑うと、忍び足で階段を昇っていく。
2階へ上がる際も先程と同様に広間の様子を窺うと、そこは誰もいないただの空虚な空間が広がっていた。拍子抜けしたまま中へと歩いていくが、やはり鬼の気配はどこにも感じない。
「1階はあんなに騒々しかったのに、何でこっちには誰もいないんだろう?」
「確かに変だね。罠なんじゃない?」
再び顔を見合わせる二人。ステルスで消えているのでお互いの顔までは見えないが、今度は頭の上にクエスチョンマークが飛び交うのが見えるようだった。
「まぁ、例え罠でもここでじっとしている訳にはいかないよ。何たってラヴィの呪いが発動するまで、もう残された時間は少ないし」
「でもさ、城の外での取り決めは本隊を待つって話だったじゃない。ボクは父上たちと合流した方がいいと思うけど」
「確か本隊は正面突破だったよね? んじゃさっきの赤鬼たちの向こうに――」
「父上たちがいたってこと!?」
それはまずい、と二人は踵を返して1階へ下りる階段へ向かって走り出す。その時、タイミングを計っていたかのように隠し扉から現れた黄色の鬼たちがギルたちの前に立ち塞がった。
ひぃふぅ……その数ざっと三十体以上。
「ギル、後ろにも!」
反射的に後ろを振り向くと、そこにもほぼ同数の黄鬼たちが迫っていた。
「なぁクロベエ。ひょっとして……俺たちハメられた?」
「そーいうことみたいだね」
「姿が見えなくても声で位置もバレちゃってたかぁ」
「だね」
そう言うことならと、ギルは透明状態のメリットを生かし、目の前に立ち塞がる黄鬼の集団に向かって走っていくと、いきなりの飛び蹴りを喰らわせた。
「あちゃ~、始まっちゃったよ。ボク避難してるから頑張ってね」
クロベエは最近身につけた浮遊術で、高さ10mはありそうな2階大広間の天井に向かってふわりと浮いた。
一度敵と交戦するとステルスは解除されるため、ギルはその姿を鬼の前に晒す。
そして、ギルと一緒に術にかかっていたクロベエも道連れとなり、やはり鬼たちの前にその姿を現していた。
しかし、空中に浮くクロベエには目もくれず、姿を現したギルに黄鬼たちが容赦なく襲い掛かってくる。
「大地の水よ、精霊よ。我がもとに集え、塊となりて全てを飲み込め!
ギルは五大属性の中でも得意にしている水魔法を黄鬼の集団に向けて放つ。魔法は数体の鬼に直撃し、バチバチと音を立てて放電が発生。
だが、直撃したにもかかわらず、鬼たちはピンピンしており、ほとんど効いていないように思えた。
「コイツ大したことねーぞお。全員でやっちまえ!」
黄鬼たちは手にしている各々の武器を振り回して、一斉にギルに襲い掛かってきた。
前後から挟まれたギルは上部へと大きくジャンプして緊急避難。そして、ジャンプしたその先にちょうどよくクロベエがいたので、ギルは咄嗟にクロベエにしがみついた。
「うにに……」と食いしばった口から声が漏れる。苦悶の表情を浮かべて、クロベエは落ちないように踏ん張っていた。
「ちょ、ちょっとギル。重いんだけどぉ」
「少しくらい我慢してよ。基本役に立ってないんだから」
「なんだとー! このまま鬼の中に落としたっていいんだぞー」
「わかったわかった。今だけは十分役に立ってるから。それよりさ、やっぱり変だよね」
「……何がさ?」
まだちょっと不貞腐れ気味のクロベエはそっけなく返す。
「いや、色々と。まず、黄色の鬼しかいないってのも変だし、水魔法が直撃したのにほとんどダメージを負ってないってのも違和感あるんだよね」
「う~ん、確かに直撃したように見えたけどさ。あと、何かバチバチ言ってたね。ここから見てたら雷が落ちたのかと思ったよ」
「……あ、そうか。わかったかも。よし、合図したら俺を離して。ちょっと試してく――」
【ポイッ】と、クロベエはギルが言い終わる前に手を離す。ギルは心の準備ができていないまま、頭から黄鬼の中へ落下。
「わあああ! 早いよクロベエっ! あとで髭を引きちぎってやるからなぁ」
恨み言が思わず漏れるが、そんなことを言っている場合ではない。詠唱が間に合わないため、威力や精度は落ちるが、ギルは咄嗟の判断で無詠唱で魔法の発動を試みる。
「いっくぞぉ、〈
落下中のギルが放った風魔法が眼下の黄鬼二体にヒット。精度が下がっていたため倒した数は少ないが、黄鬼が雷属性であること。そして反属性以外の攻撃が当たれば倒せることが分かっただけでも十分な成果と言えた。
ギルが空中で身体を捻り、両足を揃えてピタッと着地を決めたまでは良かったが、すぐさま黄鬼に囲まれる。
黄鬼、怒りの猛反撃。いわゆるタコ殴り状態。ギルは頭をガードして耐えながら、ブツブツと詠唱を唱えていた。
「いってぇっての! でもちゃんと詠唱終わったもんね。まとめてこれでも喰らえッ! ファイア!」
今度は火属性魔法を放つ。それも効果があるようで、黄鬼たちはギャアと悲鳴を上げてギルの周りから散っていく。
額の汗を拭い、これからが本番だと気を引き締めた。
その時、大広間の奥からカランという
ギルは音の方に視線を走らせる。するとそこにはギルと同じくらいの背丈の、まだ幼い鬼の子の姿があった。
下駄を履き、紫色の着流しの襟元を大きく開けて、帯の中に手を突っ込んでいる。しかし、奇妙に思えたのは酒呑童子と同じ、血のような色をした眼ではない。
顔の中央で白と黒に肌の色が左右に分かれ、深緑の短髪から生える二本の角は正面から見て横並びではなく縦並びであったこと。
その横には一つ目で長髪。白髪の年老いた小柄の鬼が佇んでいる。この鬼たちは一体?
「グヒャハハハ。こいつクソバカじゃん。黄鬼の属性に気がつくまで時間がかかり過ぎだっつーの。んで、出した妖術も大したことねーでやがるときた。なんでオヤジはこんな見るからに雑魚クセェガキ相手にわざわざオレを呼び戻したんだヨ? あ?」
鬼の子は腕を帯の中に突っ込みながら、隣の一つ目の鬼に高圧的な態度で尋ねた。
「はてさて。何でも茨木さまと通じている者がおるので、確実に始末するために
「はああ? 母さまと!? んだとおお、クッソ野郎がぁ……」
ギルは周囲の黄鬼たちが完全に鬼の子に平伏している様子を確認すると、鬼の子と一つ目の前にゆっくりと歩を進めていく。
怒りに肩を震わせる鬼の子を視界にとらえると、その姿を冷静に観察していた。
背丈は自分とほとんど変わらない。縦に並んだ角も異質に見えたが、やはり気になるのは顔から首、そして開けた胸にかけて見える左右対称の白と黒の肌色。
それはまるで酒呑の黒と茨木の白を思わせた。
「小さいクセに随分と偉そうな鬼が出てきたじゃん。大体何だよその肌色は? まさか、酒呑と茨木に憧れすぎて、わざわざ肌に色でも付けているの? まったく痛々しいヤツだね」
ギルが負けじと応戦すると、鬼の子は「グヒャハハハ」と心底楽しそうに笑うのであった。
「色を付けてる? バーカ。んな訳ねーだろが。オレは酒呑童子と茨木童子の子。鬼王子こと夜叉丸さまだ」
「なっ!?」
酒呑と茨木の子?
鬼の王子?
それはギルにとってあまりにも強烈な印象を残す言葉であり、その衝撃に思わず言葉を失った。
まさか、あの二人の間に子供がいたなんて。
ギルと夜叉丸。
二人は本来、決して交わることのなかったはずの
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